第26話 中学生の頃は一緒にお風呂に入っていたし
◆◆◆◆
「まあ、でも、田舎の家族のことを考えるとホームシックになることはあるかな……。」
「先輩って、ご家族と仲が良いんですか?」
「うん。私の家って、パパとママと下に2人の妹がいるの。あまり裕福ではないけれど、みんな仲良しだったよ。」
「良い家族ですね。女性ばかりの中に父が混ざると、『お父さん嫌い~』って言われちゃいそうなイメージがありますけど。」
「そんなこと全然ないよ。私、パパのことメッチャ好きだもん。妹たちも口には出さないけれどパパのこと好きだと思うし。」
何だか誤解が生まれそうな発言に聞こえるが……まあ、家族で仲が良いことは素晴らしい。
「あ、でも、受験が終わって引っ越しが決まった後、最後にパパの背中を流して上げようと思ってパパの入っているお風呂に突入したらママに怒られた。酷いと思わない?」
「パパって、本物のお父さんのことですよね?」
百瀬先輩はキョトンとした表情でこちらを見返す。
「え? どゆこと? 本物に決まってんじゃん。偽物のパパなんていないでしょ。」
本物のパパなら良いか……って良いわけが無いだろう。他の家の事情をとやかく言うのは野暮だが、高校卒業間際の娘が突然お風呂に入ってきたなんて、百瀬先輩のお父様もさぞかし驚いたことだろう。
「ママに正座させられて『あんた、18歳にもなって何を考えているの!』ってメッチャ叱られたんだよね~。パパも『お前のことが心配だよ』って……。」
百瀬先輩のお父様の気持ちが良くわかります。将来、俺に年頃の娘が出来たとして、無警戒に風呂に入ってこられたら、どんな父親だって心配になるでしょうよ。
「先輩……。それは流石にアウトです……。」
「え~なんで~? だって家族だよ! それに中学生の頃は一緒にお風呂に入っていたし、一番下の妹も『パパ、一緒に入ろ~。』って言ってパパと一緒にお風呂に入ってるのに!」
「一番下の妹さんは幾つですか?」
「今年で中2。14歳。」
中学2年生ならセーフ……いや、普通にアウトではないか……? きっと、百瀬先輩の言うように、三姉妹揃って父親のことが好きなのだろう……。
「先輩のお父さんって、きっと素敵な人なんでしょうね。」
百瀬先輩は満面の笑顔を浮かべ箸を置き、目を輝かせながら俺の手を握る。
「うん。すっごく優しいの。でもそれだけじゃなくて、駄目なことをした時はしっかりと叱ってくれて、あまりお金がなくても、私達のことを一番に考えてくれる。最っ高のパパなんだから。」
その後、まかない飯を食べ終わった百瀬先輩と一緒に店を出て改札まで一緒に歩いた。その間、百瀬先輩は「みんな、家族なのに意識をし過ぎだ。」とか「ママと3姉妹の4人でパパの取り合いになる」とか……嬉しそうに家族の話をしていた。
良い歳をして、未だに母親である灯里さんや夜空さんのことが好きな自分はどこかおかしいのかも知れないと思っていたが、何の躊躇いもなく自分の父親のことを自慢する百瀬先輩を見て、少しだけ救われる気がした。
◆◆◆◆
玄関を開けると「おかえり~」と灯里さんの声だけが聞こえた。そして玄関には灯里さんのものではない女物のサンダルが置かれていた。
誰かいるのかと思いながら靴を揃えていると、リビングから夜空さんが顔を覗かせた。
「お疲れ様~。遅くまで頑張っていて偉いわね。」
あの日、夜空さんの部屋から帰った後、鏡の前で絆創膏を剥がし首筋がどうなっているか確認したのだが、やはり薄っすらとキスマークが付いていた。その後数日でキスマークは消え今は綺麗になっているが、あれから何となく夜空さんと会うのが気まずかった……。
露天風呂の一件があった灯里さんと、温泉旅行で”何か”が有ったことに気がついているであろう夜空さん。一体何の話をしていたのか気になる……。そんな俺の様子を察したようで、夜空さんが口を開いた。
「今度、私の会社でホテルのプールを貸し切ってイベントをやるの。家族参加無料のイベントだから、もし良ければ灯里さんと大地くんも一緒に参加してくれないかな? ってお願いに来たのよ。」
灯里さんは顔の前で手を振る。
「申し訳無いですよ。それに社員さん達に、私達と夜空さんの関係を聞かれたらどう答えれば良いんですか?」
「そんなの、歳が近くて仲の良い親戚で良いじゃない。実際、親戚なんだから。」
「え……でも……。」
灯里さんは俺の方をチラッと見る。灯里さんの顔つきを見る限り、本当は参加したいのだけれど俺がもし参加したくないのであれば諦めます。と言ったところだろう。
「俺は、どちらかと言えば参加したいかな。折角、夜空さんが誘ってくれたわけだし。灯里さんはどう?」
灯里さんの顔が満開のひまわりのようにパッと笑顔になる。
「私も参加したいと思っていたの。」
夜空さんもホッとしたような表情を浮かべる。
「ありがとう。これで、一人で参加しなくて済むわ。」
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