第25話 アットホームで初心者も大歓迎!
◆◆◆◆
スタッフルームの扉を開けタイムカードを切る。自分のロッカーの前で素早く白いコックコートに着替え、帽子を被り調理場へと向かった。
俺は、俺の通う大学の最寄り駅から直結の和食料理のお店で調理スタッフとしてバイトをしている。
和食と言っても料亭で提供されるようなお店ではなく、チェーン店であり、家庭で作られる料理に一手間加えたような料理を提供している。
定食が中心で、一つのメニューに対し「雑穀米」「メインのおかず」「副菜」……など6品~7品程提供する。通常のチェーン店よりもメニュー毎の品目が多く、しかも、ほとんどの料理が手作りであるため大体11:00~14:00の繁盛期は戦場になる。
まあ、忙しいほうが時間が早く過ぎて良い面もあるのだが。
「おはようございます。」
挨拶をして調理場に入ると、ホールスタッフの服装であるベージュの半袖に紺色の前掛けを身につけた女性に声を掛けられた。
「いっちー、おは~。今日は朝一からのシフト? 大学生たるもの夏休みは労働に励みしっかりと稼がないとね。」
「百瀬先輩おはようございます。夏休みはそんなに沢山バイトを入れるつもりは無かったのですけどね~。出費がかさんでしまったので、沢山稼がせて貰いますよ。」
「なるほどね~。お互い大変だけれど頑張ろうぜ。」
そう言うと彼女はグーにした拳を突き出し招き猫のようなポーズをする。俺も拳をグーにして彼女の拳にコツンとぶつける。いわゆるグータッチというやつだ。
彼女の名前は”百瀬 星香(ももせ せいか)”。俺の通う大学で、同じ学部の2回生――つまり俺よりも1学年上の先輩である。しかも、俺と同じ経済学研究会に所属しており、新入生歓迎会の時に酒が飲めない者同士仲良くなったのだ。
百瀬先輩は一見するとギャルっぽく、普段はミルクベージュの髪をハーフアップに纏めているのだが、今日は髪を纏め、三角巾の中にしまい込んでいる。半袖から覗く少し日焼けした健康的な素肌が魅力的だ。灯里さんや夜空さんのように男性受けするムチムチの体型ではなく、女性が憧れるスレンダーなスタイルをしており、確か兼業で読者モデルを行っていたはずだ。
経済学研究会に百瀬先輩が入った時は、男性の先輩達の間で「ギャルが来た!」と大騒ぎになったらしい。
実は、このバイトは百瀬先輩に誘われて始めたのだ。
俺の通う大学は、自分で言うのは恥ずかしいのだが難関の国立大学である。そのため、学内では家庭教師や塾講師のバイトのチラシが沢山配られていた。
入学当初は俺も適当に塾講師のバイトでも始めようかと考えていたが、飲み会で一緒になった百瀬先輩から強引に誘われたのだ。
「もし、どのバイトを始めようか悩んでいるんだったら、ウチのバイト先においでよ。ホールスタッフなら社交性が身につくし、調理スタッフなら料理の腕が上達する。女の子にモテモテだよ! 更に時給もそこそこ良くて、健康的で美味しいまかない料理を格安で振る舞って貰える。アットホームで初心者も大歓迎! こんなに良いバイト中々無いよ!」
最後のアットホームで……云々は余計だが、まあ考えてみると、自分が知っていることを他人に教えるよりも新たなことを身につける方が良いだろう。勿論、他人に教えることで新たな発見があるかも知れないが……。
それに、灯里さんに料理を振る舞うことも出来る。そう考えれば良いバイトのように思えたのだ。
◆◆◆◆
今日のバイトはマジで大変だった。
夏休みが始まったからなのか、人の入りが途絶えることは無かった。流石に15:00~16:00頃の閑散期は人がまばらだったが、それでも休むことは出来ず、結局、朝の仕込みから10時間近くぶっ続けで働いてしまった。
スタッフルームに戻ると、白いTシャツにデニムのショートパンツ姿の百瀬先輩が、まかない料理を美味しそうに頬張っていた。服を着替えて挨拶をすると、百瀬先輩に呼び止められる。
「もうすぐ食べ終わるから、一緒に帰ろうぜ!」
俺は、ニッコリと笑いウインクをする彼女の前の席に座った。一緒に帰ると言っても、彼女は一人暮らしで一緒に歩くのは駅の改札までなのだが――。
「先輩って美味しそうにご飯を食べますよね。」
「実際、ここの料理はメッチャ美味いよ。いっちーも食べれば良いのに。」
百瀬先輩は俺のことを”いっちー”と呼ぶ。小中高と呼ばれ慣れたあだ名なので違和感は無いが、俺の名前を聞いた瞬間から”いっちー”と呼び始めたことは正直驚いた。
「俺は実家なので、家で美味しいご飯が待っていますから。」
「羨ましいね~。私は、家に帰っても『お帰り。』と言ってくれる人はいないというのに。」
「同棲してくれる彼氏でも作れば良いんじゃないですか? 先輩って顔もスタイルも良いし、性格もそこそこ良いので、すぐに彼氏の1人や2人出来るでしょ。」
「性格はそこそこって、誰に向かって言っているのかな? こんなに優しい先輩を捕まえておいて。」
2人はどちらともなくクスクスと笑った。
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