第24話 キスマーク

◆◆◆◆


 夜空さんに温泉旅行のお土産を渡した際に、俺の首筋の絆創膏に気がつき心配そうな表情を浮かべる。


「大地くん、首どうしたの? 怪我でもした?」

「いえ、怪我はしていないと思うのですが、今日、家を出る時に灯里さんに絆創膏を貼られて。」

「そう、それなら良いけれど……。」


 夜空さんはそっと俺の首筋に触る。


「痛みとかは無い?」

「全然大丈夫ですよ。」

「そう、それなら良いけれど……。首筋に絆創膏なんて、まるでキスマークを隠しているみたいね。」


 夜空さんは口元に手を当てながらクスクスと笑い、俺も釣られて笑う。しかし、内心では氷柱を背中に差し込まれたかのようにヒヤッとした。


 露天風呂で灯里さんと抱き合った時に灯里さんは長い時間、俺の首筋を甘噛し、声を抑えていた。恐らく、その時に俺の首筋にキスマークが付いてしまい、それに気がついた灯里さんは今日、俺が家を出る時に絆創膏を張ったのだろう。


 それならば絆創膏を貼った時にもじもじと恥ずかしそうにしていた理由も、「目立ったらまずい。」と言った理由も全て辻褄が合う。


 一瞬だけ目を反らした俺のことを夜空さんは見逃さなかった。


「え……もしかして、本当にキスマーク?」

「そんなわけ無いじゃないですか。彼女もいないし――。」


 笑いながら答える俺に、夜空さんは訝しげ目線を送る。


「なるほど……彼女はいないんだ……。」


 夜空さんは、まるで観察をするように俺を覗き込む。視線が痛い。


「これ、温泉旅行前は無かったわよね……。彼女じゃないとしたら……もしかして、灯里さん?」


 (正解です。灯里さんと一緒に抱き合いながら露天風呂に入った時に、首筋を甘噛されてキスマークが付いちゃいました。)なんて言えるわけが無い。何とか誤魔化さなければ……。


「あ……。もしかしたら、本当にキスマークかも知れません。灯里さん、日本酒を飲みすぎちゃって、ふざけて俺の首筋を甘噛したんですよ~。その時に付いちゃったのかな?」


 なるべく明るく何でもないように、そして自然に話した。


 夜空さんは「そう。」と一言だけ話すと、顎に手を当てて上を向く。何と言うか、詰みを見つけた将棋の棋士が、その考えが本当に正解か確かめるような――そんな動きだ。


「例えば、もし私が大地くんの知り合いの男性と旅行に行って、私が首筋にキスマークを付けて帰って来たとしましょう。その理由として、『酔っ払った相手が、フザケて首筋にキスしてきただけよ。』と私が言ったら大地くんは信じる?」

「……。」


 説得力がありすぎて何も言い返せない……。もしも夜空さんの首筋にキスマークが付いていたら、どんな言い訳をしても、それは相手と”そういう行為”を行ったのだとしか考えられないだろう。


「私は正直、温泉旅行中に大地くんと灯里さんの間に何かがあったのだと思っているわ。でも、二人の間に血の繋がりは無いのだから全然問題無いと思っている。ただ……もし灯里さんのことを母親として思っているにも関わらず、そういう行為に及んでいたとしたら……私も母親なんだから、私にもそういうことが出来るってことよね?」


 夜空さんは話をしながら立ち上がったかと思うと、俺の膝にまたがり腰に足を回す。あの時の灯里さんと同じ体勢だ。


 そして俺の首元に腕を回したかと思うと、腕に力を込めて俺のことを抱きしめた。日本人離れした夜空さんの胸が、Tシャツ越しに押しつぶされ形を変えているのが分かる。


 夜空さんは俺の耳元で囁いた。


「もし温泉で何があったか素直に言ったら、灯里さんがしたことと同じことを私もして上げる。」


 誘惑的で――蠱惑的な――悪魔のような囁き。そして俺の耳元から唇を離すと、俺の首筋を甘噛した。丁度、絆創膏の位置――灯里さんが甘噛をしていた場所を、まるで上書きでもするかのように……。


 一瞬だけ本当のことを言ってしまおうかと考えたがグッと堪える。


「夜空さん……エッチ過ぎますよ。灯里さんとは、こんなにエッチなことはしていません。ドキドキしすぎて死にそうなのでどいて下さい。」

「あら、そうなの? 私と灯里さんは同じくらいの背格好だから、こんな感じでキスマークを付けたのだと思ったのだけど――。」


 これが女の感というやつなのか……それとも夜空さんの洞察力なのか……もしかしたら監視カメラや盗聴器が……などと思えてしまうほどの正解だ。夜空さんは俺の真意を知ってか知らずか、口元に手を当ててクスクスと笑う。


「もし、灯里さんと何かあれば私の所に来なさい。相談くらいは乗ってあげるわ。」


 そう話しながら夜空さんは立ち上がり、俺の手を引く。彼女の手をとって立ち上がると、そのまま俺のことを抱きしめ、耳元で囁いた。


「例えば灯里さんと一緒にいて、エッチな気持ちになっちゃったのなら、私が慰めてあげる。」


 不意を突かれ、一気に耳も顔も熱くなる。恐らく今の俺は、世界で一番赤い顔をしているだろう。夜空さんは俺から離れると、そんな俺の姿を見てお腹を抱え身体を”くの字”にしながら笑った。


「冗談よ。でも本当にわかりやすくて可愛いわね。からかい甲斐があるわ。」

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