第23話 俺が――灯里さんを――

◆◆◆◆


 温泉街の主要駅から特急列車に乗りターミナル駅まで揺られる。木々が生い茂る風景が、徐々に住宅街、そしてビル群へと変わり、よく利用するターミナル駅に止まった頃には既に夕方となっていた。季節は夏であり日の入り時刻は遅いため、まだまだ太陽が顔を出しているが、あと1時間もすれば会社から帰宅するサラリーマン達でごった返すことになるであろう。


 俺と灯里さんは普段から見慣れた銀色のボディーに赤紫と青のラインの入った電車に乗り込む。始発駅にもかかわらず普段は人が多く座ることが出来ないのだが、今日は二人で並んで座ることが出来た。俺と灯里さんがホームに並んだタイミングは、幸か不幸か電車が出発した直後だったようで、俺達の前に人はいなかったのだ。


 椅子に座ってから1駅も経たない内に、授業中に幾度も見たことのあるような動きで灯里さんの頭が揺れ始める。俺は灯里さんに、


「眠っていいよ。駅についたら起こしてあげる。」


と言うと、灯里さんは「んっ」といって、栗毛色の長い髪を揺らしながら俺の肩にもたれ掛かり目を瞑った。


 灯里さんは何かイベントがあると全力で楽しむのだ。今回の温泉旅行も前日の温泉宿に予約状況を確認し、早めのチェックインを交渉したり、美術館の中では野外展示場を駆け回ったり……灯里さんは終始、本当に楽しそうだった。そして俺も、そんな灯里さんにつられて全力で楽しんでしまった。


 きっと、そんな疲れが出たのだろう。灯里さんの寝顔を見ると本当に子どものようだ。


 でも、あの時――露天風呂で俺に抱きつき俺に「全てを奪ってしまおうか。」と囁いたあの時、彼女はどんな表情をしていたのだろう……。


 もし、あの時――俺が彼女を強く抱きしめて彼女の中へと入っていたら、彼女はどうしていたのだろう……。


 もし、あの時――俺の見た夢と同じ表情をしていたとしたら……。


 考えないように……考えないように……としていたのだが、どうしてもドス黒い思いが頭と心を過る。


 ――――俺と灯里さんに血の繋がりは無い――なら――俺が――灯里さんを――犯しても良いのでは無いか――――。


 駅名を告げるアナウンスが流れ、灯里さんを起こす。そして俺は、その考えを胸の奥へと抑え込み、普段と変わらない様子で灯里さんと一緒に家路へと着いた。


◆◆◆◆


 一晩明け、お土産を渡すために、夜空さんの部屋へと向かう準備をする。今回、灯里さんの誕生日プレゼントとして温泉旅行を提案してくれたのは夜空さんだ。そのため、灯里さんが喜んでくれたことを、いち早く伝えたい。

 

 洋服を着替え準備をしていると、灯里さんがおもむろに俺の首筋に絆創膏を貼り付けた。それも、中央のガーゼが主張しているタイプではなく、値段は高いが目立ちにくいタイプの絆創膏だ。


「ありがとう。でもどうして絆創膏? 首に怪我なんてしていないけれど。」


 灯里さんに質問をすると、灯里さんは目を泳がせながら恥ずかしそうに静かに口を開いた。


「だ……だって、目立ったらまずいじゃない……。」


 目立ったらまずい……? 何のことなのか分からないが……。俺が気が付かない内に首に傷でも付いていたのだろうか? 俺は何故か恥ずかしそうにする灯里さんの頭を撫で、「ありがとう。灯里さん。」と言って家を出た。


◆◆◆◆


 チャイムを鳴らすとTシャツにデニムパンツ姿の夜空さんが顔を出した。夜空さんは俺の手を引いて「上がって上がって。」と部屋の奥へと案内する。


「大地くん、どうかしら? 中々良いレイアウトになったと思うのだけれど。」


 前回来たときは大量に積まれていた夜空さんの荷物はすっかり片付けられ、代わりに俺と一緒に選んだ、木目調の家具類が設置されている。全体的にスッキリとしており清潔感のある部屋だ。それに、全ての荷物がキッチリと整えられており、しっかりとした夜空さんの性格が現れているようだ。


 夜空さんはソファーに座り、隣に座るよう促す。俺は夜空さんに促されるままソファーへと座った。


「夜空さん、綺麗な部屋だね。部屋って『持ち主の性格が現れる』って聞いたことがあるけれど、この部屋は『夜空さんの部屋』って感じがして、俺はメッチャ好きだよ。」


 夜空さんは照れくさそうに話す。


「ねえ、大地くん……また、この部屋に来たいって思う?」

「もちろんだよ。前にも言ったけれど、夜空さんの部屋だというだけで、俺はいつだって来たいって思っちゃいますよ。」

「そう、良かった。じゃあ、大地くんが『私と会いたいな。』って思ったときは、いつでも連絡して頂戴。」

「了解です。」


 俺はわざと真面目に答え敬礼をする。夜空さんも真面目な表情を浮かべて


「よろしくおねがいします。」


 と話すと敬礼を返し、吹き出すように二人で笑ってしまった。


「夜空さん。ありがとう。灯里さんに温泉旅行をプレゼントしたら、とても喜んでくれたよ。」

「そう、それは良かったわ。でも、予算は大丈夫だったの?」


 正直、今回の旅行の予算は結構痛かった。宿泊代だけを考えると大したことは無いように思えたが、特別列車の電車賃やお土産代等を考慮すると、1ヶ月のバイト代でも足が出てしまう。しかし、そんなことは些細に思える程、灯里さんと旅行が出来て良かったと思えてしまう。


「まあ、予算はまたバイトをすれば良いからね。」

「じゃあ、私のときも期待しちゃおうかな。」

「お、お手柔らかにお願いします。」

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