第20話 あの日から、俺の身も心も灯里さんのものなんだと思う。
◆◆◆◆
光さんは「大地くんはどんな食事が好きなの?」とか「最近の子供はどんなことをして遊んでいるの?」等など、次々に質問をされた。
僕は前に通っていた幼稚園には友達がおらず、親代わりになってくれた叔父さんと叔母さんからも話しかけられることは少なかった。これほど沢山のおしゃべりをしたことが無かったため、あわあわしながら光さんの質問に答えた。
暫くすると、灯里さんが人数分のスプーンをテーブルに並べ始め、「料理出来たから。」とだけ話す。光さんは座布団を持ち俺の隣に移動すると、俺に耳打ちした。
「灯里は普段、料理なんて全然しないのよ。それなのに、一週間くらい前から『大地くんに手料理を食べてもらうんだ』って、あの子なりに頑張って練習していたみたいなの。だから、多少不味くても大目に見て上げてね。」
灯里さんは、そんな僕と光さんを睨みつけながら、皿一杯に盛り付けられた大きなオムライスを人数分運ぶ。半熟トロトロのオムライスで、卵の上に細い波線の形のケチャップが乗っている。黄色と赤のコントラストが美しいのだが、どのオムライスも穴が空いている。その中でも穴の大きさが一番小さなオムライスを僕の前に置いた。
「見た目も悪いし美味しくないかも知れないけれど食べて。」
「いただきます。」
手を合わせて一口食べる。僕のために――僕なんかのために――普段は作らない料理を練習して振る舞ってくれたことが嬉しかった。そう思った瞬間、胸の奥と目頭が熱くなる。溢れる涙を抑えようとするが、どうしても抑えきることが出来ず、目の端からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
僕はこんなに泣き虫ではなかったはずなのに――殴られても蹴られても、我慢をして涙を流さないようにしていたはずなのに――。灯里さんと出会ってから、どうしてか涙もろくなってしまったようだ。
オムライスの味は全然わからなかったが、間違いなく、今まで食べたものの中で最も美味しい料理だった。
光さんは、灯里さんの料理を食べて泣き出した僕を見て慌てた様子だ。
「えっ……嘘……!? 灯里の料理、そんなに不味かったの!? 灯里、何か変なものでも入れたんじゃないんでしょうね?」
「ち……違う……。」
僕は否定をしようとしたが、涙が止まらず上手く喋れない。
光さんは急いで自分の前に置かれたオムライスを一口食べたかと思うと、灯里さんの肩を叩いた。
「灯里、あんた、このオムライス、ケチャップの味しかしないわよ! 調味料の量を間違えたんじゃないの!?」
灯里さんはハッとした表情で「4人前作ったのに1人前しか調味料を入れてない。」と呟いた。
翼さんは、そんな彼女達の様子に目もくれず、マイペースに黙々と食べながら、
「まあ、そこそこ美味いんじゃないかな。灯里の手料理を食べられるなんて感激だよ。」
と話した。
その後、光さんが「ごめんなさいね。あの子、本当にそそっかしくって。」と誤りながら、”ケチャップ”と”ソース”、そして”醤油”で簡易的なデミグラスソースを作り、オムライスの上にかけてくれた。
◆◆◆◆
「あの後ママに、『大地くんに変なものを食べさせるんじゃないわよ。』って散々叱られたのよね~。懐かしいわ~。」
灯里さんはくすくすと笑いながら目を細める。今は料理上手だが、昔は……何と言うか……時々残念な料理が作られることもあった。でも――。
「あの時、俺、灯里さんが俺のために頑張ってオムライスを作ってくれたことが、凄く嬉しかったんだ。それまでは正直、灯里さんのことを怖い人だと思っていた。でも、あの時から、灯里さんが俺のことを思ってくれる優しい人だって気がついて――だから、俺はあの日から、俺の身も心も灯里さんのものなんだと思う。」
自分で言っておいて”アレ”だが、あまりも恥ずかしくて灯里さんの顔を見ることが出来ない。恐らく今、俺は顔が真っ赤になっているだろう。頬も耳も熱くてたまらない。
灯里さんは俺の手を握る力を強める。そしてフフッと笑いながら「ありがとう。」と囁いた。少しの沈黙の後、灯里さんは俺の手を解くとモゾモゾとこちらに移動し俺に抱きついた。
灯里さんは俺の胸元に顔を埋め、脇の下から手を通してしがみつく。俺の足に自身の足を絡めて、全身にギュッと力を込めた。そして、上目遣いでこちらを見る。
「大地くんは、身も心も私のもの――という事は、私が大地のことを好きなようにして良いってことよね。それなら今日は、私の抱き枕になって貰います。」
灯里さんからの髪から、甘く優しい香りがする。俺も同じシャンプーを使っているはずなのに、どうしてこんなにも違うのだろうか……。俺は観念して、灯里さんの頭を撫でた。
「今日だけだからね。」
そう話すと、灯里さんはグリグリと自身の頭を俺の胸に擦り付けた。
「大地成分が足りなくなったら、また抱き枕になってもらうんだから。だって、大地は私のものなんだからね。」
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