第17話 おれいにチュ~してあげよっか~?
◆◆◆◆
灯里さんは少しだけ開けた着姿で、ベッドの前に設置されたテーブルの上で突っ伏して眠っている。
今日の夕食は部屋へと運んでもらった。献立は御膳料理で、お盆の上に沢山の小さなお皿が載せられており、どのお皿の料理も食べるのが惜しくなるくらい美しかった。料理の内容は、夏の季節野菜の天ぷらや、お刺身などの海鮮料理、茶碗蒸しやお吸い物など、純和食でありながら若者でも美味しいと感じる味だった。
灯里さんは露天風呂から出て気分が良くなっていたのか、「こんな料理を出されたら飲みたくなっちゃうわね。」と言って、飲み放題を追加し日本酒を飲んだ。それはもう、飲み放題の元を取るなんてものではないくらい大量に飲み続け、ついには机に突っ伏して眠ってしまったのだ。
「灯里さん、ベッドで眠って下さい。」
灯里さんの肩を叩きながら声を掛けると、灯里さんはムクリと起き上がり、上目遣いで俺の方に両手を伸ばした。
「だいち~、ベッドまではこんれ~。」
ベッドまで運んでくれということなのだろう。俺は灯里さんの首と膝裏に手を回してお姫様抱っこをする。灯里さんは両腕をガッチリと俺の首元に回した。そのまま、すぐ後ろにあるベッドへと、灯里さんのことをゆっくりと下ろすと、灯里さんは俺の首元に両腕を回したまま顔を近づける。
「ありがと~。おれいにチュ~してあげよっか~?」
一瞬だけ灯里さんとキスをする姿を想像してしまったが、俺の強靭な理性が何とか誘惑を振り切った。
「チューの前に、しっかりと酔いを覚まして下さい。」
そう話して灯里さんの手を解き、横になった灯里さんの身体を少し起こしてペットボトルの水を飲ませる。そして灯里さんの身体を横にした。灯里さんのことを移動させたせいか先程よりも浴衣が着崩れ、チラチラと薄い水色のブラジャーとショーツが見える。俺は目を逸らしながら灯里さんの体に毛布をかけて、クーラーの温度をすこし下げた。
料理を下げに来た女将さんへとお盆を渡したあと、灯里さんの様子を見る。灯里さんは幸せそうな寝顔で「スースー」と寝息を立てていた。灯里さんの頭を撫で「露天風呂に行ってきます。」と言うと、灯里さんは「んっ……」と悩ましげな声を上げた。
恐らく伝わっていないため、”露天風呂に入ってきます”と書き置きをして浴衣を脱いた。
◆◆◆◆
昼間は夏真っ只中で、元気な太陽が顔を見せて強烈な熱を放っていたが、その太陽も今は眠っており裸で外に出ても寒くはなく、かといって暑すぎるわけでもない丁度良い気温だ。
俺はタオルを頭に乗せて、かけ湯をしてから温泉へと入り力を抜いて空を仰ぐ。
温泉のお湯が身体に染み込む。美味しいものを食べた時だけではなく、心地よい温泉に入った時にも”五臓六腑に沁み渡る”と表現する事があるが、まさに今のような時に使われるのだろう。
今日訪れた美術館は楽しかったが、あまりにも広すぎて、普段運動不足の私にとってはいささか歩き過ぎだった。しかし、そんな疲れすらふっ飛ばすような心地よさだ。
そして何より、この風景が最高だ。俺の頭の上には、凶悪に輝く太陽の代わりに、満点の星空と大きくて真ん丸のお月様が輝いている。まるで世界中の宝石を集めてバラ撒いたかのような星空は、普通に生活をしている時には決して見ることが出来ないような、幻想的な光景だった。夜空さんに見せたら、きっと喜んでくれるだろうな……などと考えていると、おもむろに露天風呂と部屋をつなぐ扉が開いた。
音の方を向くと、灯里さんがバスタオル一枚を持ち、千鳥足でこちらに向かってくる。
バスタオルを胸に当てて前掛けのようにしているため、見えては行けない部分はかろうじて見えていない。ただ、もしバスタオルが少しでもズレれば大切な部分が丸出しになりそうだ。
「あ~、だいちがひとりれ、ろれんぶろにはいってる~。」
俺が露天風呂に入っていることに驚いているのであろう。ただ、驚いているのは俺の方だ。
「灯里さん、どうして入って来たんですか!」
「らって、よいざましに、おふろにはいろうろおもっらの~。」
良いざましのシャワー代わりに露天風呂へと入ろうと考えたのか。それは良いが、俺の書き置きは……この調子では見ていなかったのだろう……。
「お、俺、もう出ますから。」
俺は、頭の上に乗せたタオルを取り、自らのあそこを隠し温泉から上がろうとすると、灯里さんは千鳥足のままこちらに向かって小走りになる。
「どうしてあがっちゃうの~? あ~、わらしのはだかが、はずかしいんれしょ~?」
そうだよ。当然だろ。と心のなかで呟いたその瞬間、灯里さんの足がもつれ転びそうになった。それを俺は慌てて支える。その勢いで温泉に押し戻され、灯里さんに押し倒されるように温泉の中で尻もちを付いた。
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