第16話 今、俺の後ろには、全裸の灯里さんがいるのだろう……
◆◆◆◆
灯里さん曰く「ここの美術館は美術品に対する知識がなくても楽しめるの。だから大地も気にいると思うわ。」と言っていたが、正直、あまり期待はしていなかった。しかし入口から入るとを見てみると広大な野外展示場が広がっており、雲一つ無い青空も相まって、否応なくテンションが上がる。展示物も特殊で、巨大迷路や足湯、果ては館内にて謎解きゲームも開催されていた。
それに、隣で子供のように目を輝かせながら、展示物を次々に巡る灯里さんのことを見ているだけでも本当に来てよかったと思えてしまう。灯里さんは俺の目線に気がついたのか、俺の顔を覗き込む。
「私のこと何か気になる?」
「灯里さんが楽しそうで良かったなと思って。」
「大地は楽しくないの?」
「とても楽しいよ。ただ、灯里さんの楽しそうな顔を見ることが出来て、楽しさが倍増しているだけだよ。」
「大地くんは私のことが好き過ぎです。彼女でも作りなさい。」
「あれ? 灯里さんに言っていなかったっけ? 俺、彼女出来たよ。」
灯里さんはそれまでの元気が嘘のように黙り込み、足を止め、ハイライトの無い目でこちらを向く。
「本当?」
物凄く静かで威圧感のある声だ。
「ごめん嘘。もし本当なら灯里さんにすぐに報告するし、二人で温泉旅行になんて来ないよ。」
灯里さんは顔を真赤にしながら、破裂するのではないかと思うくらい頬を膨らませ、「ん”~!、ん”~!」と唸り声を上げながら何度も俺の肩を殴った。
◆◆◆◆
宿に戻り、荷物を置いてベッドの脇に腰をかける。俺と灯里さんは結局、閉館時間まで美術館を堪能した。俺と灯里さんは荷物を置いてベッドに越しをかける。灯里さんは太陽のような笑顔を浮かべ俺のことを覗き込む。
「どうだった? 割と楽しかったでしょ?」
「うん。他の美術館とはかなり違って、楽しかったよ。」
「でしょ~。」
灯里さんはドヤ顔を浮かべるが、ドヤ顔を浮かべて然るべきだと感じるくらい楽しかった。普通の美術館は絵画や工芸品を眺めてうんうん唸る印象がある。そのため、感受性が高い人か美術品に対する知識がある人だけが楽しめる場所だと考えていたのだが、今回訪れた美術館は体験型の展示物が多かった。それに、体験型ではなくても印象的な展示物が多く、その中でも――。
「大地は覚えてる? ステンドグラスで作られた建物があったでしょ? あの建物の名前、知ってる?」
「え? 知らない。でも、メチャメチャ綺麗だったから、建物自体は覚えているよ。」
最も印象的だったのは壁一面がステンドグラスで出来た展望台だ。展望台の中に入ると中央に螺旋階段があり、一番上まで登ると美術館全体が見渡せるのだ。俺と灯里さんも中へと入ったのだが、太陽の光がステンドグラスに当たり、まるで万華鏡の中に入り込んだように感じた。
螺旋階段の中腹で、うっとりとした表情でステンドグラスを眺める灯里さんが美しすぎて、思わずスマホで写真をとってしまった。その後、灯里さんは俺が写真をとったことに気がつき、「もう一枚、今度はしっかりしたやつを撮って」と言って、スマホを構える俺に向かってピースをした。
「あの建物はね、『幸せをよぶシンフォニー彫刻』って言うの。戦争で壊れた教会を修復していた人が作ったんだって。多分、あの作品を見る人達が幸せになるようにって願いを込めて作ったんだと思うわ。」
「灯里さんも、早く男を捕まえて幸せになりなよ。」
自分で言った言葉だが少しだけ胸の奥がチクチクとする。しかし、灯里さん程の女性であれば、その気になればすぐに良い男性を捕まえることが出来るだろう。
「私は当分大丈夫ですよ~だ。それに、こんなに良い息子がいるんだから、今も十分に幸せよ。これ以上の幸せなんて考えられないくらいね。」
そう話すと、灯里さんは俺に抱きついてベッドへと押し倒した。
◆◆◆◆
「ねえ、大地は露天風呂に入らないの?」
「俺は夕食の後で良いかな。」
「じゃあ、私が先に入っちゃうね。」
夕食までまだ時間があるので、「順番に露天風呂に入ろうか?」と灯里さんから提案された。しかし、俺は灯里さんが眠った後にゆっくりと入りたいので、「俺は夕食後に入るから、灯里さん、ゆっくり入ってきなよ。」と話したのだ。
俺の後ろで布と布が擦れる音がしたかと思うと、その後にパサリと浴衣が地面に落ちる音が聞こえた。それと同時に、微かに甘く甘美な香りが広がったように感る。
今、俺の後ろには、全裸の灯里さんがいるのだろう……意識をした瞬間心臓の鼓動がバクバクと高鳴る。(落ち着け、落ち着け)と俺は心の中で何度も唱えた。冷静に考えれば、何も意識することは無いはずだ。当然だが、家にいる時もお風呂には入る。灯里さんが家のお風呂に入るときには、脱衣所の壁の向こう側で裸になっているのだ。ただ壁があるか無いかの違いだけで、家にいるときと何も変わらない。
俺の後ろから扉を閉める音が聞こえた。息をついて振り返ると、綺麗に畳まれた浴衣がベッドの上に置かれている。平静を取り戻した俺は、ベッドの上に寝転んでスマホをイジろうとした。その瞬間、ガチャリと露天風呂の扉が開き、扉の隙間から灯里さんが顔だけを出した。
俺は心臓が止まるかと思うくらい驚き、ベッドから転げ落ちた。
「垢すり忘れちゃったから取ってくれる。……ってどうしたの?」
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