第12話 胸の谷間に目を奪われるなんて
◆◆◆◆
夜空さんと並び、家具屋の中を歩く。夜空さんに改めて確認をしたのだが、やはり足りない家具類は俺と一緒に選びたいとのことだ。そこで一旦俺の好みで選んだ物について、夜空さんの好みとも合っているか確認してもらうこととした。
俺は沢山展示されているソファーの中から、無地の濃い茶色のソファーに腰をかける。夜空さんの家に運び込まれた家具類は木製の物が多かったので、これから買う家具は、木の色に近いもので統一したいと考えている。
展示されたソファーに座ると、家で使用している物よりもクッションが柔らかく、お尻が想定よりも深く沈み込んだ。しかし、座り心地は悪くない。
ソファーをトントンと叩き、夜空さんに隣に座るようジェスチャーを送ると、夜空さんは俺に促されるまま、ゆっくりとソファーに座った。2人分の重さでソファーが更に深く沈む。2人で座ると丁度肩と肩がぶつかるか、ぶつからないか程度の広さだ。
俺は隣に座る夜空さんの顔を見る。が、一瞬だけ――どうしても、ほんの一瞬だけ、その少し下に目線が吸い寄せられてしまっていた。
今日、夜空さんはキャミソールにサマーカーディガンを煽っている。相変わらずのプロポーションで2つの山が主張していたのだが、今、肩が触れるくらい近い状態で隣を見ると、キャミソールの胸元に連なる山と山の間の深い谷間がガッツリと見えてしまうのだ。
ほんの一瞬とは言え、女性の――それも実の母親の胸の谷間に目を奪われるなんて――だが、健全な男子であれば誰だって見てしまうだろう。それくらい、谷間の魔力は強い……はずだ。
一旦顔を逸らしてから、もう一度夜空さんの顔を見ると、夜空さんは何かを企んでいるかのようにニヤニヤと笑っている。そして、俺の肩に手を当てて耳元に唇を寄せた。
「今、どこを見ていたの?」
夜空さんが吐息混じりに耳元で囁く。
「べ、別にどこも見ていないです。」
もう、弁解のしようが無いことは明白だが、それでも何とかしらばっくれようと、とぼける。
女性は男性の目線に敏感で、特にプロポーションの良い女性は自身のセクシャルな部分に対する視線には気が付きやすいと聞いたことがある。そのため気をつけていたのだが……。
「分かるのよ、どこを見ていたのか。大地くんの口から言って。」
夜空さんが耳元で吐息混じりに囁くたびに、背筋がゾクゾクとして全身に鳥肌が立ちそうだ。
「べ……別にどこも……。」
夜空さんは先程のニヤニヤとした笑顔とは打って変わって、目を細め、どこか俺のことを誘うような表情を浮かべていた。その上、明らかにわざと両腕で胸を寄せて先程よりも深い谷間を作っている。
「言いなさい。」
俺は観念するしか無いと悟り、腹を括って口を開いた。
「その……胸元を……。」
気まずい沈黙が流れる。
「……。」
「……っぷ。」
沈黙を破ったのは夜空さんの笑い声だった。夜空さんは吹き出したかと思うと、俺の肩に両手を置いて俯いたままクスクスと笑った。
「ごめんなさいね、意地悪しちゃって。10年以上の間、なるべく男性と関わらないように生活を送ってきたから、大地くんが私に反応してくれたことが嬉しすぎて、つい意地悪をしちゃったの。」
夜空さん顔を上げて人差し指で涙を拭いながら話す。
「それに大地くんの反応、可愛すぎ。本当に初心なのね。」
夜空さんは 笑いながら俺の頬を撫でる。
「私も、まだまだいけるのね。こんなオバサンでも大地くんみたいな若い子に意識してもらえるなんて嬉しいわ。」
「夜空さんはオバサンではないですよ。美人だし、性格も、しっかりしているけれど可愛らしいところが合って、何と言うか素敵な大人の女性です。もし母親じゃなければ、普通に告白したいくらいですけれど。」
自虐的に言っているのか、それとも本心で言っているのかは分からないが、夜空さんが自身のことをオバサンだと思っていることに驚いた。見た目も性格も若々しくて、とてもオバサンなどとは思えない。というか、夜空さんのことをオバサンだと思う人などいないだろう。
それに、夜空さんを見て振り返る人がいるくらいの美人であり、性格も俺が夜空さんに言った通りで――実母の事を褒めちぎるのは気持ち悪いかも知れないが、これほど可愛らしい女性は中々いないと思う。
親ガチャという言葉はあまり好きではないが、俺の2人の母親をもしガチャで例えるのであれば、2人共間違いなく"SSR"――いや俺にとっては"LR"でも表せない。息子のことを本当に大切に思ってくれる最高の母親だ。まあ、義母に出会うまでは5年、実母に出会うまでは18年かかったのだが……。
夜空さんは目の端に涙を浮かべながら顔を真赤にしている。そして、俺の肩を押した。
「大地くんの馬鹿。」
◆◆◆◆
必要な家具を見終わった俺と夜空さんは、家具屋の近くにあるチェーン展開されているカフェへと入った。2人共注文を済ませ席に座る。俺達の座った席は小さな丸テーブルの席で、夜空さんと俺は対面で席に着いた。
家具屋からこのお店までの距離はそんなに遠くないのだが、7月上旬の夕方だと言うのに外の気温は暑く、席に着くなり俺は注文したアイスティーをストレートのまま一口飲んだ。
夜空さんも汗をかいており、ハンカチで首筋の汗を拭いている。
「今日は付き合ってくれてありがとうね。」
「いえ、こちらこそ夜空さんと一緒に買い物ができて楽しかったです。」
「私の買い物はこれで終わりだけれど、大地くんはこれから行きたい場所とかある?」
「ええ、実は――。」
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