第11話 夜空さんがこの部屋にいるだけで

◆◆◆◆


「もし来週暇だったら一緒に、家具を選びに行って欲しいの。ソファーやテーブル、カーテンとかを――。」

「別に良いですけど、前の家からは持ってこなかったんですか? 」

「前の家にはソファーとテーブルは置いていなかったのよ。それにカーテンとかは、こっちの部屋に合わせて用意しないと駄目でしょ。」


 確かに、今日運び入れられた持ち物を見るとソファーやテーブルが無くても違和感はない。灯里さんの荷物は、本当に最低限のものしか持っていないのだから。


「分かりました。ただ、本当に俺なんかで良いんですか?」


 今、夜空さんの話した家具は日用的に使う物だ。そのため、一番使う夜空さん自身で選んだ方が良いように思えるのだが――。

 

 夜空さんは消え入りそうな声で、耳を真赤にして俯きながら答える。


「貴方じゃないと……駄目なの……。あ……貴方がまた……この家に来たいって思えるような……そんな部屋にしたいのよ。」


 一瞬沈黙が生まれた後、俺はクスクスと笑ってしまった。夜空さんはりんごのように顔を真赤にして抗議をしようとするが、それよりも早く俺が口を開いた。


「夜空さんがこの部屋にいるだけで、俺はいつでもここに来たいって思っちゃいますよ。でもソファーが無いのは落ち着かないので、俺が良いものを選んで上げましょう。その代わり引っ越しが落ち着いたら、もう一度この部屋に呼んで下さいね。」


 冗談っぽく話すと、夜空さんは目を細めて子供を褒める母親のように俺の頭を撫でた。まあ、俺は夜空さんの子供なのだが……。


「ええ、是非来てね。」


 彼女から漂う、ふんわりと爽やかな――どこか安心するような香りが俺の鼻腔をくすぐった。


◆◆◆◆


「お邪魔してしまって良いのでしょうか?」


 その夜、灯里さんと俺は夜空さんを家に招待した。灯里さんが「引っ越しの片付けで忙しいだろうから」と夜空さんの分の夕食も用意してくれたのだ。火にかけられている鍋の中を除くと、今晩の夕食のカレーたっぷりと入っている。


 灯里さんに「皿に盛り付けて良いか」確認すると「良い」とのことなので、早速俺は皿にご飯を盛り付ける。そのお皿を灯里さんに渡し、灯里さんがカレーをかける。つい先程まで煮詰められていたカレールーから湯気が立ち上り、部屋中が美味しいスパイスの香りで充満した。


「私も何か手伝います。」

 

 夜空さんがソワソワしながら席から立つが、灯里さんに止められた。


「お客様なんですからゆっくりして下さい。」


 そう話し灯里さんは夜空さんの前にカレーを置く。すると夜空さんは観念したように席に座った。


 全員分のカレーを並べ終え、席について「「「「いただきます。」」」と手を合わせる。そして、夜空さんはカレーを一口食べた。


「美味しい。灯里さん、このカレーとっても美味しいです。何か特別な隠し味とかあるんですか?」


 目を見開いて口に手を当てながら話す。


 灯里さんを見ると「ドヤァ」と効果音が鳴りそうな程の得意げな顔をしながら「長い時間弱火で煮込むことがコツなんです。あと、最後にお醤油をいれると良いんですよ。」などと話しているが、実際のところはドヤ顔できるような料理ではない……。


 灯里さんのカレーは説明した通り、野菜をドロドロになるまで煮込む。というのも、野菜と水とカレールーを鍋に入れた後は、弱火で放ったらかしにするのだ。そして、ほど良いタイミングで炒めた豚肉を入れ、最後に醤油で味を整える。


 勿論、火事になると大変なのでキッチンに椅子を持ち込み、ノートPCで執筆をしつつ火の様子を監視する。その結果、長い時間煮込まれることで野菜の旨味が溶け出したカレーが完成する。灯里さんはこれを”ほったらかしカレー”と呼んでいる。


 まあ、そんな”ほったらかしカレー”がメチャメチャ美味しいのだが……。


◆◆◆◆


 夕食を食べ終えた後、夜空さんが「せめて皿洗いくらいは、させて下さい。」と、夕食で使用した食器を全て手早くピカピカに洗った。


 そして俺と灯里さん、そして夜空さんで他愛もない世間話をした。灯里さんと夜空さんは同年代のようで気が合うようだ。確かに夜空さんも若いとは思っていたが……俺のことを高校生の時に産んだのか……。


 暫くして 、俺と灯里さんは自室へと帰る夜空さんを見送ってからリビングへと戻った。


「夜空さんって、普段は何をしている人なんだろうね。」


 何気なく灯里さんに話しかけると、スマホを見ていた灯里さんが「えっ!?」と声が聞こえてきそうな表情でこちらを向く。


「貴方、夜空さんのことを知らないの?」


 そう話しながら、灯里さんは自身の特集が組まれていたビジネス誌を取り出しパラパラとめくる。そしてあるページで手を止めてこちらに見せた。


「若い女の子に人気のアパレルブランドの社長さん兼ディレクターよ。」


 灯里さんが見せたページには、スーツ姿の夜空さんがキリッとした表情で大きく写っている。見出しには「業界が注目する美人社長のブランド戦略の裏側」と書かれており、中身を読むと、立ち上げからまだ数年しか経っていないにも関わらず、17歳~24歳の女性に絶大な人気を誇るアパレルブランドの戦略と今後の展開について書かれていた。


 雑誌に写る夜空さんは、その名前のように輝いている。しかし、俺の知る夜空さんとは違う、どこか遠い人の様に感じた。

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