第10話 むしろ眼福でした。
◆◆◆◆
大きな窓ガラスから入る朝の日差しがリビングの中を隅々まで煌々と照らす中、俺はソファーで横になりスマホをいじっている。
大学の期末試験も昨日で終わり、後は試験結果の返却を待てば夏休みだ。大学の夏休みは2ヶ月間もある。昨年は受験で忙しく勉強ばかりだったため、今年は存分に楽しみ尽くそうと考えていた。そんな中、玄関のチャイムが鳴った。
執筆作業中の灯里さんが大きな声で「はーい」と叫び自室から顔を覗かせるが、「俺が出るよ。」と伝え扉を開ける。するとそこには、半袖のTシャツにデニムパンツを履いた夜空さんが立っていた。
「隣に越してきた”九条 夜空”です。引っ越しで騒がしくなるかと思うので挨拶に来ました。」
夜空さんはニコニコしながら頭を下げる。
「存じております。」
俺も夜空さんに合わせてお辞儀をする。一度部屋に引っ込んだ灯里さんも玄関に出てきて「お久しぶりです。」と挨拶をした。
「もしご迷惑でなければ、俺も引っ越しの手伝いをしますね。」
「大丈夫よ。引っ越し業者さんが運んでくれるから。」
と夜空さんは言うが、次から次へと大小さまざまな段ボールが部屋の中に運ばれていく様子を見ると、とても1人で片付けられるとは思えない。灯里さんもそれに気がついたようで、俺の背中をトントンと叩きながら話す。
「この子に手伝わせて上げて下さい。さっきまでゴロゴロしていたので少し運動させた方が良いです。」
先程までの俺の様子を灯里さんは見ていなかったはずなんだが……まあ、ゴロゴロはしていたけれど。
「じゃあ、手伝って貰っちゃおうかな?」
そう言って、俺の家と同じ間取りだが、まだ段ボールと最低限の家具だけが運び入れられた部屋――夜空さんの部屋に招き入れられた。そう、夜空さんは俺の家の隣の部屋に引っ越してきたのだ。
◆◆◆◆
俺の家はマンションで隣の部屋には老夫婦が住んでいた。しかし先日、その老夫婦は息子夫婦と暮らすことになったとのことで、空き部屋になった。そこを丁度、俺の家の近くに引っ越そうとしていた夜空さんが買い上げたのだ。
確か夜空さんは九条家から勘当されているはず――23区からは外れているとは言え都内のマンションをポンと買えるなんて、お金持ちなのだろうか?
◆◆◆◆
俺と夜空さんは運び込まれた段ボールを手分けして開ける。夜空さんは衣服類、俺はそれ以外のものを担当した。そう聞くと俺の方が大変であるように感じるが、夜空さんの持ち物の殆どは衣服類であり、食器や日用品は「1人暮らしだとしても本当にこれだけで大丈夫なのか?」と心配になるくらいしか無い。
俺は夜空さんから頼まれたものが一段落し夜空さんに報告をしようと隣の部屋の扉を空けた。すると、夜空さんは丁度、下着の片付けを行っており、黒いレースのブラジャーをたたみ直していた。
「ご、ごめんなさい。」
俺はとっさに扉を閉めて部屋を出る。相手は自分の実母であり、本来こんな事を想像するのは良くないのだが、彼女があの下着を身に着けている姿を想像をしてしまった。
彼女のプロポーションは灯里さんに引けを取らない――それどころか胸だけを見れば、灯里さんよりも凄いものを持っているだろう。その証拠に、今日身につけているTシャツも胸の部分がパツンパツンに張っており、Tシャツの悲鳴が聞こえてきそうだ。
その上メッチャ美人。切れ長の瞳に薄い唇、それらが手のひらに収まりそうな程の小顔の中にバランス良く収まっている。冷静に考えると、これ程の美人が俺の実母だなんて何かの間違えのようにすら思えてくる。
というか実母ではあるが、つい最近会ったばかりの女性なのだから意識して当然だろう。
そんな事を考えていると、いつの間にか部屋から出てきた夜空さんが、黒髪の艷やかなショートボブを揺らしながら俺の顔を覗き込んだ。
「お見苦しいものを見せちゃって、ごめんなさいね。」
「とんでもない。むしろ眼福でした。」
夜空さんは口に手を当ててクスクスと笑う。
「眼福か~。今、私が身につけている分けじゃないんだから、いくら見ても良いわよ。」
(想像しちゃうんですよ。貴女が身につけているところを。)と喉から出かけたがグッと飲み込んだ。
「し、刺激が強すぎるので……遠慮しておきます。」
「そっか、別に良いのに。」
と笑いながら話す。
「じゃあ、もう良い時間だし休憩にしましょうか。」
夜空さんは運び込まれたベッドの縁に腰をかけて、自身の隣をトントンと叩く。夜空さんの隣に腰をかけるとすぐに立ち上がり、ペットボトルのお茶を持ってきて俺に手渡した。
「スマホでは何度もやりとりしているけれど、直接おしゃべりするのは一ヶ月ぶりくらいかしら?」
俺と夜空さんは連絡先を交換した日からチャットアプリで連絡を取り合っている。今日、引っ越しをすることも事前にチャットで知らされていたのだ。
初めて、この部屋に引っ越す旨の連絡が来た時は驚いた。彼女は、自分が俺の近くに引っ越すことによって、俺と灯里さんに迷惑をかけるのではないかと心配していたのだが、俺も灯里さんも、そんなことは一切思っておらず――むしろ灯里さんは「大地が実のお母様と近くで暮らせる日が来るなんて」と大喜びしていた。
それ以外にも、”大学生活について”とか”友達の話”とか、本当に他愛もない連絡をチャットで送り合っている。
ただ、チャットでは伝えられないようなこともあるようで――。
「大地くんに一つお願いがあるの。」
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