第13話 世界一可愛い灯里さんに質問があります。
◆◆◆◆
「ただいま~」
俺が玄関を開けるとエプロン姿の灯里さんが、菜箸を片手にパタパタと駆け寄って来た。
「おかえりなさい。遅かったわね。」
「うん。ちょっとね。」
灯里さんはイタズラっぽく笑うと、キッチンの方に歩きながら話す。
「もしかして、夜空さんに変なことをしていないでしょうね~。いくら美人でも、貴方のお母様なんだから、変なことをしたら駄目なんだからね。」
「別に変なことはしていないよ。」
そんなことは俺も分かっている。確かに夜空さんは美人だが、俺と血が繋がっている。それに彼女から見れば18歳の俺なんて子供同然だ――いや、実の息子なのだけれど――。
灯里さんは鼻歌交じりにフライパンを揺する。今日の夕食は豚の生姜焼きだ。薄力粉とゴマ油でコーティングされた豚肉に程よい焦げ目が付き、食べる前から絶対に美味しいと確信が持てる見た目をしている。
俺は料理をする灯里さんにぶつからないよう、慎重に後ろを通り冷蔵庫に今日購入したお土産を入れた。
「ケーキ、買ってきたから冷蔵庫に入れておくね。」
「うん、ありがとう。でも珍しいわね。どうしてケーキなんて買ってきたの?」
灯里さんはフライパンをコンロに置き、菜箸を口元に当てながら不思議そうにこちらを見る。
「灯里さんの誕生日、もうすぐでしょ?」
「あっ……そうね、忘れていたわ。ありがとう。」
灯里さんは自分の誕生日を毎年忘れるのだ。これは、灯里さん曰く「忙しすぎるから忘れている分けではなく、年を取るのが嫌だから忘れてしまう」らしい。
「今年で35歳だっけ? ついにアラフォーか~。」
と意地悪っぽく言うと、灯里さんは口を尖らせながら菜箸で俺の口の中に生姜焼きを放り込む。
「良いんですよ~アラフォーでも。世界一可愛いアラフォーになるんだから。」
甘じょっぱい味の中に、しっかりとした生姜の香りが口の中に広がり凄く美味しい。俺は手を洗いながら口の中の生姜焼きを飲み込み、平皿の上にキャベツの千切りを盛り付ける。
「そんな、世界一可愛い灯里さんに質問があります。」
俺はわざと真面目な口調で話す。
「はい、どんな質問でしょうか? 世界一可愛い私が答えて上げましょう。」
灯里さんも俺に合わせて、わざと真面目な口調で返事をした。
「直近で、連休が取れそうな日はある?」
◆◆◆◆
休憩のため、夜空さんとカフェへに入った際に、灯里さんへの誕生日プレゼントについて相談に乗って貰った。
「毎年悩んでしまうんです。何をプレゼントすれば良いか。俺がプレゼントをすれば、灯里さんは必ず喜んでくれるのですが、本当に喜んでくれているのか分からなくて……。それで灯里さんと年齢の近い夜空さんは、何を貰うと嬉しいのか参考までに教えてもらえませんか?」
夜空さんは腕を組み、顎に手を当てながら考える。
「灯里さんへの誕生日プレゼントか……難しいわね。オーソドックスなのは、普段から使用している消耗品――欲を言えば、それよりも少しだけグレードの高いものだと良いのだけれど……。灯里さんって作家をしながら家事もこなしているんでしょ? たぶんかなり忙しくて、まともな休みも取れていないだろうから、癒しグッズなんかはどう? 他にもマッサージなんかの癒し体験や、もし連休が取れるのであれば旅行に連れて行って上げるのも良いかも知れないわね?」
「癒しグッズや癒し体験か……。夜空さん、ありがとうございます。因みに夜空さんの誕生日はいつですか?」
「9月15日だけど、もしかして、お祝いしてくれるの?」
「ええ、灯里さんにプレゼントを渡すのに、夜空さんに何も無しでは不公平ですよ。それに、灯里さんへのプレゼントについて相談に乗って貰いましたし、何でも言って下さい。あっ、ただバイト代で支払える範囲でお願いしますね。」
夜空さんは口元に手を当ててクスクスと笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。お誕生日をお祝いして貰うのなんて何年ぶりかしら? そうねぇ……じゃあ、大地くんとデートに行きたいわ。貴方の考える最高のデートプランをお願いするわね。」
◆◆◆◆
夜空さんを家まで送った後、俺は家の近くにあるファストフード店に入り、スマホで一泊二日の温泉旅館を検索した。旅館によって値段はまちまちだが、近場のそんなに高くない旅館であれば、朝夕食付きでもギリギリ予算内に収めることが出来そうだ。
後は、灯里さんが休みの日に予約が取れるか次第だが……そこは運なのでどうすることも出来ない。7月の中旬からは小学生~高校生の夏休みが始まるので最悪の場合は9月以降になってしまうが、その場合は灯里さんに謝るか、癒し体験などの別のプランを考えるとしよう。
そう言えば、灯里さんと一緒に泊りがけで旅行に行った経験は今まで一度もない。日帰りで少し遠出したことは何度かあるが、灯里さんは俺を育てるためにいつも忙しそうに働いており、年末年始の休みも灯里さんの実家へと帰るくらいしか経験が無い。
彼女は21歳~34歳という花盛りである時期を、血の繋がりのない俺を育てることに費やしてしまったのだ。
「灯里さんに喜んで貰えると良いな。」
言葉が思わず、ポツリと口からこぼれ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます