第4話 照れてるでしょ。
◆◆◆◆
「写真の私と実物の私、どっちが可愛い?」普通であれば脳死で「ジツブツノホウガカワイイデス」と答えるべきだが、バッチリ決まった写真とスッピンの今の姿を比べて、”そんな”回答は不正解ではないか?
写真の中の灯里さんは”美人作家”の触れ込みに偽りが無い。街頭で100名の人にこの写真を見せて彼女が美人に見えるか否かを聞いたら、100人が”美人だと思う”と答えるだろう。でも、どこか遠い存在な気がして、俺の好きな”一ノ瀬 灯里”とは少し違う気がする。
それに比べて、今、眼の前で頬袋に餌を詰め込んだリスの様な表情を浮かべる灯里さんはスッピンで髪もボサボサだが、いつもの灯里さんって感じがする。気の抜けた暖かさの様な感じがして何と言うか……こっちの方がしっくり来る。
「『どっちが可愛い』って聞かっれても選べないよ。写真の灯里さんは仕事の出来る美人って感じだけど、実物の灯里さんは優しい感じで……その……上手く言えないけど、ジャンルが違い過ぎて……でも、どっちも良いと思うよ。」
灯里さんはキョトンとした表情を浮かべたかと思うと、顔を真赤にして飛び起きた。そして両手を頬に添え顔を反らしながら、
「え……やだぁ♡……困っちゃう♡ 息子から『どっちのお義母さんも可愛いよ。』って思われているなんて――。でも、大地が本当にそんな風に思っているのなら仕方がないわよね♡」
随分な拡大解釈にされてしまい突っ込む気も失せてしまった俺は 「はいはい。」と空返事をした。何と言うか……その……残念美人という言葉が脳裏を過ったが、彼女の作ったハムエッグと一緒に飲み込んだ。
◆◆◆◆
朝食を食べ終えて、2人で食器洗いを行った。ライン工のように、灯里さんが食器を洗って俺が食器に付いた水滴を布巾で拭き取る。最後の一皿を拭きながら灯里さんに今日の予定について質問をした。
「灯里さんは今日、何か予定あるの?」
「うん。実はね~。」
勿体ぶるように話を溜めながら、タオルで手を拭いてパタパタと小走りで財布を取る。そして財布の中から、2枚の紙を人差し指と中指に挟み、まるでカードゲームのキャラクターがカードを引き出すかのように取り出した。よく見ると先日公開されたばかりの映画のチケットのようだ。
「この前、編集者さんとの打ち合わせの時に『原作は自分が担当しているので是非見に行って感想を聞かせて下さい。』ってペアチケットを貰っちゃったの。大地は何か予定ある? もし無いなら一緒に行かない?」
「指定席予約はした?」
「余裕を持って15:00~で予約済みです。」
”フフン”と音が鳴りそうな程のドヤ顔を浮かべている。昨日一緒に夕食を食べている時に、しきりに「明日、何か予定があれば直ぐに教えてね。」と言っていたのはこれか……。何だかちょっと意地悪をしたい気分だ……。
「流石灯里さん。では15:00まで何をする予定?」
今はAM10:00、灯里さんが早起きしたおかげで映画まで5時間もある。灯里さんの方を見ると、何も考えていなかったようで、アワアワとしながら話す。
「その……お散歩デート……とか……ショッピングとか……?」
「11:00に家を出たとして、4時間もお散歩と買い物するの?」
クスクスと笑いながら話す俺に、彼女は頬を膨らませながら俺の肩をポコポコと叩く。
「今、私がノープランなことを分かっていて意地悪言ったでしょ。もう怒った! 女の子しかいないようなメルヘンチックなカフェを予約して、甘々なパフェや、甘々なパンケーキで4時間粘ってやるんだから。」
膨らませた彼女の頬を親指と人差指で挟みマシュマロの弾力を確かめるようにむにむにと動かしながら話す。
「それは、映画前に俺がダウンしちゃうよ。実は映画館の近くに、前から行きたかったカフェががあるんだ。そこのお店はホットサンドで有名なんだけれど、そこでランチを食べて、余った時間で買い物でもしない? もうそろそろ夏物が出始める頃だし。」
灯里さんの頬から空気が抜け、元のほっぺたに戻る。そして目を輝かせながらスマホを取り出し声をはずませた。
「えっ、それどこのお店? ホットサンド大好き! 写真を見たいんだけれど何て検索すればでてくるの?」
俺が話したカフェのホームページをスマホで見ながら、子供のようにはしゃぐ灯里さんの顔をじっと見る。すると俺の視線に気がついたようでキョトンとした顔でこちらを見返した。
「どうしたの? 私の顔に何か付いている?」
「いや、俺が初めて出会った時の灯里さんは、何と言うか――もっとクールで冷たい感じだったので――話しやすくなって良かったなと思って。」
「あの頃は尖っていたからね。それに、世の中の色々なことが嫌いだったから……。でも今は、こんなに良い息子と一緒にいられて幸せ。大地が尖った私を素の私に引き戻してくれたって感じかな。」
灯里さんは強引に俺の腕に抱きつき、満面の笑顔で俺のことを覗き込む。
まるで太陽を前にした吸血鬼のようで――眩しさと気恥ずかしさで彼女の笑顔を直視出来ず、思わず顔をそらした。その時、耳まで真っ赤になっていたようで灯里さんに「大地、照れてるでしょ。」と散々いじられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます