第3話 今、私のこと”面倒な女”だと思ったでしょ。

◆◆◆◆


 薄ピンク色のパジャマの上に真っ白いエプロンを身に着け、背中まで伸びだ栗毛色のロングヘアーをヘアゴムで乱雑に纏め、黒縁の眼鏡を掛けた灯里さんがフライパンの上で焼かれパチパチと音を立てるベーコンを右手に持つフライ返しで突付きながら、横でコーヒーを入れる俺の肩を左手の人差し指で突付く。


「卵は2つで良い?」

「うん。」


 俺は返事をすると同時にマグカップにコーヒーを注ぎ、リビングのソファーの前にある背の低い小さなテーブルの上に並べた。


 ダイニングには背の高い広めのテーブルも有るのだが、朝食はリビングにあるTVでニュースを観ながら広めのソファーに腰を掛け、並んで食べる事が朝の習慣になっている。


 因みに朝食の準備の際、俺は明里さんから”珈琲大臣”を任命されている。


 中学1年生の頃、灯里さんの誕生日に、小遣いをはたいて安物の”ポット付きのドリッパー”と”ドリップ用の豆”を買いコーヒーを淹れた。それまで家ではインスタントコーヒーを飲んでいたのだが、灯里さんは「すごく美味しい」と子どものように喜び、嬉しくなった俺は調子に乗って毎朝コーヒーを淹れた。暫く経ったある朝「大地は立派な珈琲大臣だね」と言われ、未だに毎朝のコーヒーは俺が淹れている。


 トースターに入れられ、すっかり小麦色に日焼けをした2枚のトーストをそれぞれ真っ白な平皿に取り出し、バター塗ってコーヒーの隣に置き、ソファーへと腰を掛けた。


 そうしている内に灯里さんの料理も完成したようで、動かすたびに黄身がプルプルと揺れるベーコンエッグと、見るからに瑞々しいキャベツとトマトのシーザーサラダをテーブルに並べて俺の横に腰を掛ける。


「「いただきます。」」


 手を合わせた後トーストにかぶり付きベーコンエッグを食べる。ベーコンの丁度良い塩加減がたまらない。灯里さんは少し抜けたところがあるのだが、料理だけはお世辞抜きに美味い。毎日、朝食はホテルのモーニングの様な食事、一方で夕食は「カツ丼」とか「肉野菜炒め」など、街の定食屋の様な料理を作る。どれも”The男の子が好きな味”的な少し濃い目の味付けだ。灯里さん曰く、


「毎日食べるなら高級料亭の味付けよりも、1,000円以下で食べられる定食屋さんの味の方が飽きないでしょ。あと、朝は時短で済ませられるパンが良いわよね。」


とのことだ。この意見には俺も完全に同意だ 。

 

 灯里さんのことを横目で見ると、彼女はコーヒーを啜りこちらを見た。


「珈琲大臣、今日のコーヒーも大変美味しゅうございます。」


 灯里さんはわざと真剣な顔をして芝居がかった口調で喋る。私の淹れたコーヒーの感想を言うときは、決まって何か話したいことがあるのだ。


「口に合ったようで何よりである。して、何か用かね?」


 私も灯里さんに合わせて真剣な顔をして芝居がかった口調で返す。すると灯里さんは”にへら~”っと気の抜けた様な笑顔を浮かべた。


「ねえ、大地に見てほしい物があるの。」


 灯里さんはそう話すと、手を伸ばしテーブルの脇に付けられているポケットから一冊の薄い雑誌を取り出す――ビジネス誌……? 聞き馴染みの無い単語が表紙に書かれている。


 灯里さんは手慣れた手つきでパラパラとページをめくり、探しているページを見つけると俺の眼の前にバッと開いた。そこには大きな見出しで「人気美人作家、アイディアの秘密に迫る」と書かれ、見出しの横にはメガネを外し、髪の毛を整え、バッチリとメイクをした灯里さんの大きな写真が掲載されている。


 雑誌を受取り内容をよく読むと「アイディアの生み出し方」や「生み出したアイディアを小説に落とし込む方法」、「編集者にアイディアを通す方法」などについて、仕事における新規企画立ち上げに絡めながらインタビュー形式で回答している。


 灯里さんは俺を引き取った直後にアイドルを辞め、アイドルの頃に知り合った有名企業の経営者の紹介で、その会社の事務職として働き始めた。

 

 彼女の真面目な性格も相まって仕事ぶりが評価され、社内の様々な人と交流する内に、大手出版社へと転職をした社員から声がかかり自身のエッセイを発表した。それが大ヒットとなり、今では事務の仕事を辞めて作家として活躍をしている。


 普段の灯里さんからは想像がつかないが、彼女はベストセラー作品を何冊も作り上げた人気作家なんだよな――。定期的にこういう記事を読まないと忘れてしまう。


「流石人気作家って感じだね。」


 雑誌を返しながら話すと、灯里さんは笑顔を浮かべながらこちらを見返した。


「ありがとう。それも良いんだけれど、注目して欲しいのはここ。」


 灯里さんは雑誌の見出しを指差す。それも見出しの上の方――。


「見てよここ。人気”美人”作家って書かれちゃった。やっぱり私って美人よね~。分かってはいたんだけれど改めて書かれると、やっぱりちょっと照れくさいわ~。撮影の時も、メイクさんやカメラマンさんに『お若いですね。何か特別なことでもしているんですか?』って聞かれちゃって――。」


 灯里さんは両手を頬に添え、身体をくねらせながらマシンガンのように話し続ける。くねくねという都市伝説を聞いたことがあるが、恐らくその怪異よりもくねくねしているだろう。


 このままだと埒が明かない。何か言った方が良いとは思うが、ここで灯里さんのことを褒めるとマシンガンに弾倉を追加する様なものだ――かといって否定的な事を言うのも――灯里さんって何と言うか……。

 

 などと考えっていると灯里さんが俺の顔を覗き込む。


「ねえ、今、私のこと”面倒な女”だと思ったでしょ。」

「思ってない。思ってない。ぜっっっんぜん思っていないですよ~~。」


 正直、”こいつ面倒な女だな”って思っていました。などとは口が裂けても言えない俺は、身体を反らし両手を振りながら全力で否定した。


 すると彼女は作り笑顔を浮かべたまま、ジリジリとにじり寄ってくる。彼女から逃れようと身体を更に反らせるが耐えきることが出来ず、やがて身体を肘掛けに背中を預け、ほぼ倒れた様な状態となる。灯里さんは俺の腰に片膝を引っ掛けて、頬を膨らませながら俺に覆いかぶさり顔を近づけた。


 そして灯里さんは自分の顔の隣に雑誌の写真並べる。


「聞きたいんだけど、写真の私と実際の私どっちが可愛い?」

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