第2話 僕に向かって手を伸ばした。
◆◆◆◆
俺の隣に腰を下ろした見知らぬ親戚に話しかけられる。
「私は一ノ瀬 明里、貴方、名前は?」
淡々としていて……静かで……ぶっきらぼうな声だ。
「……大地。」
「名字は?」
「……………………九条(くじょう)。」
「九条君はどうして他の子と遊ばないの?」
「……。」
「答えたくないなら答えなくて良いけど。」
「…………話しかけるなって言われているから……。」
「あの子達に?」
「…………叔父さんと叔母さんに……。うちの子には話しかけるなって言われているから……。」
「そう……。」
「……………………あと、『九条くん』って呼ぶのやめて下さい。」
「どうして?」
「……。」
「……。」
「…………僕が九条家の人間だってバレるのは良くないので。」
「じゃあ、私は君のことを『大地くん』って呼ぶわね。」
「……。」
淡々と続く会話……そして沈黙……。
ただなんとなく……今の僕には、その会話のテンポが心地よかった……。
暫く沈黙が続いた後、僕の手の甲を固く尖ったもので突かれる感触を感じた。何かと思い顔を上げると、灯里さんはケースに入ったトランプの角で手の甲を突いている。そんな灯里さんと目が合った。
「やっとこっちを見た。」
灯里さんは相変わらず無表情のまま僕の顔を覗き込む。奇跡のように美しい――しかし、何の感情も感じ取れない。
「ご……ご……ごめんなさい。」
思わず顔をそらして謝る。灯里さんはまるで気にも止めない様子でトランプを切る。そして、僕と彼女それぞれにトランプを配った。
遊んでいた2人に見られたらマズいと思い部屋を見渡すが彼らの姿は無い。恐らく彼女の雰囲気に耐えきることが出来ず部屋を出たのだろう。
「ババ抜きでもする? ルールは分かるわよね?」
「……分かりません。トランプで遊んだことが無いので……。それに、僕と遊んだことがバレると怒られちゃいますよ。」
「誰に怒られるの?」
「…………叔父さんと叔母さんに……。」
「なんで?」
「……僕は本当の子供じゃないから。」
「大地くんは私と遊びたくないの?」
「……………………遊びたくない。」
喉が詰まり口の中が酸っぱくなる。僕は振り絞るように声をだした。
遊びたくないわけがない。誰でも良い。幽霊でも悪魔でも宇宙人でも……僕と一緒に遊んでくれるなら何でも……。でも……。
恐らく彼女は、一人でいる僕のことを思って声を掛けてくれたのだろう。彼女は僕に対して親切にしてくれる良い人だ。だからこそ、彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。
「そう……。」
「……。」
「私のこと嫌い?」
「……………………嫌い。」
きっと彼女は僕と二度と関わらない方が良い。
僕は彼女に迷惑をかけるに違いない。
僕に対して優しくしてくれて人がいる。それだけで十分だ……。
灯里さんが僕の頬を優しく触る。そして僕の目尻を、親指で確かめるように何度も擦る。
「ねえ、どうして泣いているの。」
「…………えっ?」
灯里さんの親指を見ると、そこだけ雨にでも濡れたかの様にぐっしょりと濡れている。自分の頬を指先で触れると確かに濡れた感触がある。
自分の感情を意識した瞬間、僕の全てが決壊した。
◆◆◆◆
泣いても何も解決しない。
泣いたら余計に酷いことをされる。
悟られるな。
何も感じるな。
何も考えるな。
声を抑えろ。
泣いている姿を見られないように膝に顔を埋めた。そして深呼吸をして、絞り出すように静かに声を出す。
「……どっか行って…………二度と……僕の前に……現れないで…………。」
何とか涙声を抑えようとしても抑え切ることが出来ず、嗚咽混じりになってしまう……。
僕の頭頂部に柔らかな感触を感じた。それと同時に、ふんわりと甘い香りが僕の全てを包み込む。
部屋の中は暑い。エアコンが効かないくらい暑い。朝に見た天気予報では今年一番の暑さだと話していた。しかし、そんなことは気にならない程気持ちが良い――。心が落ち着く――。
暫くすると涙が止った。ようやく改めて彼女に伝えることが出来る。”二度と僕には関わらないように”と――。深呼吸をして彼女に話そうとしたその瞬間、彼女の方が先に口を開いた。
「今、隣の部屋で大人達が貴方の引取先について相談しているわ。そこで提案なんだけれど、大地くん、もし良ければ私の家に来ない?」
彼女はそう話すとスッと立ち上がり、僕に向かって手を伸ばした。
彼女の家に行けば彼女に迷惑がかかる。僕の居場所はどこにも無いんだから……。だからこの手を取ってはいけない……。
頭では分かっているのだが……それでも……この胸の奥に芽生えた感情には抗うことが出来ず……。
不安と期待……。後悔と希望……。悪意と善意……。
様々な感情が頭と心の中でグルグルと渦巻くまま、恐る恐る彼女の手を握り返した。
◆◆◆◆
寝ぼけ眼のまま両手をブラブラと揺らし、「はやく起こしてよ~」とせがむ灯里さんの手を取り、仕方なく彼女の身体を引っ張り上げると、灯里さんの顔が俺の顔にぶつるかと思うほど近づいた。まつげが長く少しタレ目のクリっとした瞳と、しっかりとした涙袋が彼女のおっとりとした性格を物語っている。
「おはよう大地。」
「おはよう灯里さん。」
彼女はまだ眠そうにしながら、優しく柔らかい笑顔で微笑んだ。
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