孤高の公爵、箱入り息子に求婚される

美月九音

第1話 決意の日(プロローグ)

 小高い丘に作られた墓所。


 木々の間を吹き抜ける初秋の風は爽やかで、草花を優しく揺らしている。天高く昇った太陽は、遮るものもなくその暖かさを大地に届けている。


 そんなほのぼのとした昼下がり。


 桜色の御影石みかげいしを前に、ひとりの少年が佇んでいた。

 さらさらとした金髪は、陽光を浴びて宝石のように輝いて見える。濃い菫色の目からは、高貴さを放っているようにも感じられる。


 そして亡き人を偲ぶ姿は気品があり、また近寄りがたくもあった。


「お母様──私はどのような仕打ちを受けようとも……ほこりだけは失わず生きていきます。どうか、見守っていてください」


 少年はふと空を見上げた。

 その横顔は哀愁を帯び、今にも涙が零れそうだ。そんなとき──


「元気だして、妖精さん。──はい! これあげるね」


 木の幹の後ろから顔を出し、とことこと駆け寄って来たのは小さな男の子だ。まだ、三、四歳くらいに見える。

 その男の子が差し出してきたのは、白とピンクの可愛らしい花だ。


「妖精とは、私のことか?」

 戸惑いながらも、花を受け取り問い返す。


「うん! だって、きらきらして見えたんだもん。妖精の王子様でしょう?」


 小首を傾げる男の子は、生き生きとした澄んだ目をしていた。まるで朝露で潤っているかのように煌めく、新緑のような目だった。


 この曇りのないまなこは、何を夢みているのだろう。


 少年は、ふと聞いてみたくなった。


「すまないが、正体は明かせないのだ。ところで、君の夢を聞いてもいいだろうか。──私の夢は、無念にも途絶えたが……」


 語尾の言葉は、消え入りそうなほど小さな呟きだった。


「えっとね、ぼくね──りっぱな紳士になりたいの!」


 唐突な質問に、男の子は満面の笑みで答えた。


「紳士……それはいい志だ」


「うん! 妖精さんも、紳士でしょう? だって、とってもかっこいいもん。ぼくも、あなたみたいになりたい!」


「そうか? 私の存在がまだ役に立つならば、君の目標でいられるよう、立派な紳士であろう」


 頑張りなさいと優しく頭を撫でると、男の子は肩を竦めはにかむ。 とそのとき。


「ジュール、どこにいるの? 帰るわよ」


 やわらかな女性の呼び声がした。男の子を探しに来たようだ。


「あ、お母様だ。いかなきゃ。妖精さん、また会える?」


 期待に満ちた眼差しに、少年は力なく首を左右に振った。


 確かでない約束は、憚られる。


 ジュールという名の男の子は、しゅんと顔を曇らせた。けれどすぐに笑顔を見せる。笑顔は幸せを運んで来てくれるんだよと言って。


「ぼくがりっぱな紳士になったら、きっとまた会えるよね! じゃあ、またね、妖精さん」


 ジュールにとって、自分とまた会うことが、幸運──


 向けられる思いに、自然と背筋が伸び、凜とする。


「その期待を、裏切らないようにしなければ」


 元気よく母親の元へ駆けていく後ろ姿を、少年は眩しいものでも見るように眼を細めた。


「勝手にいなくなってはダメよ。心配するでしょう。お婆様には、なんてご挨拶したの?」


 風に乗って、声が耳に届く。どうやら亡くなった祖母の墓参りに来たようだ。


「うん。ぼくがね、三歳になったこととね、それからえっと……お花も、おそなえしたよ」


 たどたどしい返事に、母親は「お婆様、喜んでいらっしゃるわね」と、ジュールの頭を撫でている。


 その微笑ましい光景を知らず見つめていると、不意にジュールが振り返った。そしてぴょんぴょんと跳ねながら、手を振ってくる。


 釣られて母親も振り返るが……少年を目にした途端、はっと目を見開いたあと、慌てたように頭を下げた。


 赤みがかった長いブラウンの髪が、風になびいている。優しげな目元には、それを強調するようにホクロがあった。


「あぁ……あの女性は、私の姉になった人だった」


 少年は自嘲ぎみに呟いた。


*****

作者より

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