第7踊 無言の高塚さん、踊る宮本さん


午後の授業が終わり、部活動見学の時間がやってきた。


ヒロキングはテニス部に見学に行くそうで、他にも数人の女の子を連れて移動していった。


しばらくすると高塚さんが僕の席にまで来た。


表情から感情は読み取れないが、昼休憩のときの約束もあるし部活動見学に行くぞということだろう。


高塚さんはこちらを一瞥して、「行くよ」と言って歩き始めた。


彼女に置いていかれないよう、慌てて荷物をまとめて追いかけた。


廊下を歩く間、高塚さんは一言も発しない。


僕も隣を歩きながら、何か話しかけようとするが、結局適当な話題が見つからず無言のまま体育館に向かった。


体育館に入ると、そこには部活生たちの熱気が充満していた。


バスケ部とバレー部がコートを半分ずつ使って練習している。


バスケ部のドリブルやシュートの音、バレー部のスパイク音が体育館に響き渡り、真剣な空気が漂っていた。


僕はちらりと隣の高塚さんの様子をうかがったが、彼女は特に興味を示している様子はない。


「片桐は、バスケとバレー、どっちか見たい?」


「いや、僕は体育の授業だけで十分かな。高塚さんは?」


「私も別に。次、行こっか」


彼女は短くそう言うと、すぐにステージの方へ向かった。


ステージではダンス部が活動していた。

とはいえ、実際には見学者も多く、正式な部員は少ないらしい。


それでも、彼らは流行りの大人気アイドルグループの振り付けを軽やかに踊っていた。


見学者の中には踊りに自信がある人もいるのか、リズムに乗った動きでその場を盛り上げていた。


その中でひときわ目立っていたのが宮本いづみさんだ。


流れるようなステップとキレのある動き、その笑顔は本物のアイドルのようだった。


彼女が踊るたびに見学者たちの目が釘付けになる。


僕も気づけば彼女に見惚れていた。


しかし、その瞬間、横から鋭い痛みが走った。


「いたっ!」


隣の高塚さんが僕の足を軽く蹴ったのだ。


「なに?」


「別に」


短い返事の後、彼女はそっぽを向いた。


どうやら、僕が宮本さんを見つめていたのが気に入らなかったらしい。


宮本さんはこちらに気づくと、明るい笑顔で手を振ってきた。


「片桐くんも来てたんだね!それと……えっと?」


彼女は僕の隣に立つ高塚さんを見た。


「高塚咲乃だよ」


「咲乃ちゃんね!よろしくね!」


「あぁ、よろしく」


高塚さんの短い返事。

その場の空気がピリッと冷え込むのを感じた。


宮本さんは屈託のない笑顔で言った。


「片桐くんもダンス、やってみない?これ、最近流行りのアイドルの振り付けで、見学者でも踊れるようにしてるんだよ!」


「いや、僕はそういうの苦手だから――」


「大丈夫、大丈夫!簡単なステップだし、みんなでやると楽しいよ!」


宮本さんは僕の腕を掴み、半ば強引にステージへと連れ出した。


周囲の見学者たちが好奇心いっぱいの目でこちらを見ている。


「右足をこう出して、次に左足を引いて……そうそう、それそれ!」


見よう見まねでステップを踏むものの、どうにも不格好だ。


周りの見学者たちは笑いながら「頑張れ!」と応援してくれるが、僕の顔はすっかり赤くなっていた。


そんな中、ステージ下で腕を組んだ高塚さんがじっとこちらを見ていた。


その冷たい視線が妙に刺さり、ますます動きがぎこちなくなる。


「片桐くん、もっとリズムに乗って――」


宮本さんが僕の肩を軽く叩いたその瞬間、下から冷たい声が響いた。


「もういいんじゃない?」


全員の視線がその声の主に向かう。高塚さんだ。


「高塚さん……?」


彼女は無表情のままじっと僕たちを見上げている。その瞳には怒りと苛立ちが滲んでいた。


「片桐、降りてきて。次、行くよ」


「え、でも――」


「行くよ」


その一言に逆らう余地はなかった。僕は宮本さんに「ごめん」と小さく謝り、急いでステージを降りた。



体育館を出た後、僕たちはしばらく無言だった。高塚さんの横顔は険しく、話しかけるタイミングを見失う。


「さっきの、なんで止めたの?」


勇気を振り絞って聞いてみたが、彼女は答えなかった。


ただ一言、「あんなの、時間の無駄だよ」とだけ呟いた。


でも、本当にそうだろうか?


彼女の表情には、どこか嫉妬にも似た感情が滲んでいるように見えた。


高塚さん、君は何を思っていたんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る