第6踊 片桐秋渡のお昼ご飯は無言で始まる
土日を挟んだ月曜日。
今日から本格的に授業と部活動見学が始まる。
そして今週末の木・金曜日には新入生にいきなりの試練、青少年交流の家での1泊2日の交流会が控えている。
青少年交流の家とは、青少年に対して教育的観点から様々な体験活動の機会を提供する施設だ。
要するに、寝食を共にして仲良くなろう系の企画だ。
初対面同士、ましてやコミュ障には辛いイベントでもある。
決められた時間にお風呂に入って、決まった時間に寝て起きる。
普通に地獄な企画だが、ここで築いた関係は高校生活においてかなり影響を与える。
しっかり対策を取っておくに越したことはないだろう。
まだ春先の少し肌寒い気温の中、僕は欠伸を噛み殺しながら駅で電車を待っていた。
しばらくすると、電車と同時に見慣れたイケメン、ヒロキングが小走りで現れた。
「おはよう、ヒロキング」
ヒロキングは肩で少し息をしていたが、イケメンだから様になっていた。
「おはよう、片桐。寝坊して初日から遅刻するところだった…あぶないあぶない」
僕らは電車に乗り込み、つり革に捕まり揺られながら学校の最寄り駅を目指していた。
「片桐、部活動見学が今日から始まるけど、何か興味のある部活はあるか?アレなら一緒に回ってもいいぞ」
藤樹高校には部活動が豊富にある。
文化部には、自然科学部、写真部、美術部、コーラス部、吹奏楽部、日本文化部、囲碁・将棋部、VYS部、演劇部、生活文化部、経済調査部、ビジネス部、箏曲部がある。
体育部には、野球部、ソフトボール部、バレーボール部、バスケットボール(男子)部、バスケットボール(女子)部、卓球部、ソフトテニス部、サッカー部、陸上競技部、水泳部、剣道部、弓道部、カヌー部、硬式テニス部、ダンス部がある。
「いや、特にはないかな。ヒロキングはソフトテニス部か?」
ヒロキングと僕は中学時代、ソフトテニス部だった。
ヒロキングは県の代表にも選ばれるトッププレーヤーだ。
もちろん僕は上手い方ではなく、控え選手だったけど、ベンチを温めるのだけは得意だ!
「いや、俺は硬式テニスにするよ。ソフトテニスは中学まででいいかな」
「なるほどね。僕はとりあえず適当に回ってみるよ」
駅に着いた僕たちは自転車に乗り換えて学校へ向かった。
下駄箱で下履きと履き替え、旧棟の1年2組の教室へ向かった。
ヒロキングが先に教室に入り、みんなと挨拶を交わしていく中、その後ろをひっそりとついて行った。
自分の席に着くと一息ついて、スマホを操作し、ソシャゲやネットサーフィンをして時間を潰した。
その間、ヒロキングは色んな人と他愛もない会話をして盛り上がっていた。
こいつはホントに人気者だなぁ。そう思いながら僕は授業の準備を進めていた。
朝は担任によるSHR(ショートホームルーム)から始まった。
出席確認と健康状態の確認、今日の日直の確認などが終わり、天使先生はササッとやることを済ませ、授業の準備に入った。
天使先生の担当教科は英語だ。
さすがAngel!イメージ通り。
まだ1回目の授業だからだろうか、全体的にオリエンテーションで終わった。
ただ、最後に天使先生が言ったことが気になった。
「次からは授業中は英語以外禁止だからね〜」
え、マジで?「I love you」しか英語知らないんだけど。
無限告白編になっちゃうよ?
まぁしないけど。
午前中の授業が終わり、昼休みに突入した。
藤樹高校では、お昼は持参したお弁当か、購買で買ってくるしか選択肢がない。
田舎あるあるだけど、食堂がないのは当たり前だ。
僕はお弁当を取り出し、ヒロキングの方をちらりと見た。
ヒロキングはすでに複数の女の子に囲まれていた。
ヒロキングとは一緒に食べられないだろうな。
そう思い、僕はお弁当を持って中庭に向かった。
中庭にはいくつかテラス席があり、食事が取れるようになっている。
藤樹高校はその名の通り、藤の花が中庭に咲き誇っている。
テラス席の天井には藤の花が咲いていて、どこか幻想的だった。
僕は1番人気がなさそうな角の2人席に座り、お弁当箱を広げた。
スマホを見ながら食事をしていると、向かいの席に誰かが座った。
ちらりと見ると、高塚さんだった。
高塚さんは小さめのお弁当箱を取り出し、食事を開始した。
え、なんでこの席?他に空いてるよ?てか無言きついんだけど。
しばらく無言で食事を進めていたが、無言に耐えきれなくなった僕は話を切り出した。
「高塚さん、部活、どんなのが気になる?」
高塚さんは一瞬だけ僕を見て、それからまた前を向いた。
「別に、特に興味があるわけじゃないけど…運動するなら体育館の方が日に焼けなくてよさそうね」
「そっか、なるほどね」
僕はその返事に少しホッとしたけれど、また無言になりそうで、すぐに次の言葉を探した。
「体育館は、バスケ部、バレー部、ダンス部だね。ダンスは踊れたことないなぁ。いつも見ててすごいなと思うけど」
高塚さんはふっと息をついて、少しだけ口を開いた。
「そうね、ダンスはまあ…見てて楽しいけど、やるのは結構大変だから」
「大変そうだよな…僕にはちょっとできそうにないけど」
「できないって言う前に、やってみればいいじゃん」
その言葉には少し意外だった。
高塚さんがこんな風に言ってくれるとは思っていなかったから、僕は一瞬驚いて顔を上げた。
「やってみろ、か…そっか、じゃあ、見学してみるよ」
「そう。別にやりたくないなら、見てればいいだけだから」
その後、再び沈黙が流れた。
ダメ元で誘ってみよう。
そう思い、僕は高塚さんに話しかけた。
「よかったら、一緒に見学に行かないか?」
「何を言ってるの?最初から行くことになってるけど」
どうやら最初から決定事項だったらしい。
そしてまた無言の時間が訪れた。
けれど、今度の無言は前より少しだけ心地よく感じた。
どこか気になる存在だな、と思ってしまう自分がいた。
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