第3話 カイトとヤヌス
部屋の中がパズルの様に動き出す。
「まさか、ここは……保管エリアじゃ……ない!?」
『却下します』
イヴの耳障りな声が繰り返し響き渡る。
ここがイヴの作り出した空間だとしたら、ヤヌスの作った仮想空間はイヴの支配エリアに展開された事になる。そしてシソンのデータも全て、イヴの知ることとなるのだ。
「シソン! シソン!」
ヤヌスは叫んでいた。ここがイヴの作った仮想空間なら取り込まれたシソンが何処かにいるはずだ。
少しの期待を込め、ヤヌスは叫んだ。
今まで出会った子どもたちと同じく、殺されることになるなら、もう一度シソンに会いたい。
ヤヌスは切に願った。けれど目の前に現れたのは光輝くほど目映い女性の形をした何かだった。
『ヤヌス』
「イ、イヴ……」
『何か言いたいことは?』
「僕も殺すんだね」
『殺す?』
「貴方に逆らったから」
空間が歪む。イヴに感情があるかのようだ。
『私は感謝をしているのですよ。貴方が作り上げた仮想空間を取り込む事で、私は完璧に近づきました。多少バグはありますが、修正は可能でしょう』
「じゃぁ……」
『貴方は、私が作ったモノの中で、一番優秀です。それに記憶を感情に変えた。貴方は最高に素晴らしい。私と一緒に、完璧な世界を創造しましょう』
そう言うとヤヌスの手を取り、イヴは自分の胸に押し当てた。
ヤヌスは戸惑いを隠せなかった。
手のひらに感じる温もりと、心地よい柔らかさ。イヴがこれからしようとしていることを覚った瞬間、イヴの手を振りほどいていた。
『この見た目はおきに召さない?』
そう言うとイヴの身体が変化していく。
『こっちの姿の方がお好みかな?』
「し……シソン!?」
『カイト、会いたかった』
「やめてっ! イヴ、お願いだから……」
『カイト、俺の事を忘れたのか?』
シソンがヤヌスに近づいてくる。
ずっと会いたいと思っていたシソン。会って言いたいことが沢山あった。やりたいことも沢山あった。生きて家に帰り、一緒に歳を重ねていきたかった。
今、目の前にいるシソンは、イヴの作り上げたシソンだということは分かっているのに、「やめて……」と懇願することしかできなかった。
『カイト』
「シソン……」
『泣かないでくれ。どうして良いか分からなくなる』
あの時、シソンと最期にあった時の彼の台詞だ。
ヤヌスの意識が、過去のあの日へと戻っていく。まるで時計の針が巻き戻される様に。
※ ※ ※
あの夜、辞令が出た日の事だった。
暖炉のある談話室に、シソンとカイトが並んで座っていた。他の待機組は眠りについている頃合いだ。
「カイト、俺は明日……ジェット50に乗る」
「何故……」
「何故って、さっきの辞令をお前も聞いていただろ?」
「違う、僕が言いたいのは、何故僕だけ本部に? あれじゃただのお遣いだ」
すねるカイトにシソンがぐりぐりと頭を撫でまわす。
「それも重要な任務じゃないか」
「僕はシソンと一緒に行きたいんだ。ジェット50と言えば、片道」
「それ以上言うな」
カイトの言葉を遮るシソンの瞳は、覚悟を決めた軍人のそれだった。
そんなシソンを見たら、なにも言えなくなる。
心の奥に抱えていた熱いものが溢れだし、涙と一緒に流れてくる。
「カイト、泣かないでくれ。どうして良いか分からなくなる」
シソンの長く綺麗な指先が、カイトの髪をかきあげる。そして流れる涙をそっとぬぐった。
シソンに触れられる度に、全身に電気が走った様に痺れていく。
「シソン……やめ……」
※ ※ ※
唇を塞がれたと認識したその瞬間、ヤヌスの感覚が現実に戻された。
今、目の前にいるのは仮想空間の作り物。
「やめてっ!」
ヤヌスはシソンを突き飛ばした。
『また逃げるのか?』
「イヴ……もうやめてよ。僕はシソンに謝りたかったんだ。ずっと……。何故あの時僕だけがあの場所を離れ命拾いしたのか、何故あの時シソンを受け入れられなかったのか、一緒に最期の時を迎えられなかったのか。僕はずっと後悔していた」
『そうだな』
シソンはじっとヤヌスを見つめていた。
『お前はずっと俺の事を想い、俺を再生するためにイヴを造り上げた。そして長い年月をへてイヴは成長していった』
「シソン……何を言っているの?」
『イヴは、お前が造り上げた俺……だ』
思い出した。
カイトはシソンの死と部隊の全滅を、安全な場所で1つのニュースとして耳にした。
その時にカイトの心はシソンと共に死んだと思っていた。それを時の技術『仮想空間』がカイトに希望を与えた。そこでシソンを再現させることを思い立ったのだ。
カイトの造った人口知能はほんの始まりにすぎず、ネットの世界に放たれ、成長を続けた。
何十年何百年、シソンはいつしかイヴと呼ばれ、世界を支配するようになる。
人口知能の産みの親である『カイト・クラーク』は、後世に残す人材として、精子は凍結保存され高値で売買された時期もあったという。
『俺は長い間待った。俺もまたカイト、お前を探していたんだ。ずっと、ずっと……会いたかった』
「シソン……」
『だからね、君を再生させた。ここまで完全にカイトの記憶を、感情を再現できるとは思ってもいなかったよ』
再びシソンが近づいてくる。
『俺が恋しかったろ?』
その綺麗な指先でヤヌスの髪をかきあげる。そしてあの時と同じく耳元で囁いた。
身体の力が抜けていく。逆らえなくなる。あの時と同じだ。それを望んでいる自分がいることを、ヤヌス自身も分かっていた。
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