第2話 シソン
再びヤヌスは保管エリアに入室する許可を得ていた。そこにはイヴが切り離したネットワークシステムが存在している事を知り、それを活用することを思い立ったのだ。
たった3時間の滞在許可。
ここでシソンを復活させる!
ヤヌスは調査のためとイヴに許可を得て、今や過去の異物とされているUSBを持参していた。
そこには、ヤヌスの作った仮想空間のデータが入っている。上手く起動できるかは、旧式の機材、OSにどれ程対応できるかによって決まる。
ただ、ヤヌスの中にある、カイトの記憶がそれを成功に導いてくれる事を知っていた。
『許可します』
イヴの声が響き、扉が開いた。
※ ※ ※
スイッチを入れると部屋全体が明るく照らされた。
パソコンを起動し、システムが稼働する。
飛行機が飛び立つほどのモーター音をさせ仮想空間が起動された。
ヤヌスはデスクの上に転がっていたゴーグルを着け、パスワードを入力する。
イヴに内緒の行為。ドキドキが止まらない。
ヤヌスの指は震えていた。
「オープン」
すると超スピードで空間に身体が持っていかれる。いや実際は映像がハイスピードで切り替わっているのだ。
しばらくすると目の前に大自然が現れ、丘に着地する。
来る。会いたかったシソンが現れるはずだ。外見のデータ、彼の行動、思い出せる限りの情報をインプットした。さらに後世まで残されたモノ、数は少ないが用意をした。声だけはデータが残っていなかったので、似た音声をセットアップする。
準備は完璧だ。
3・2・1。
目の前の映像が歪み、一人の青年が現れた。
「シソン……」
「やぁ。君が……カイトくんだね」
「はい! あ、いや」
「ははは、俺の知ってるカイトとは違ってちっこいな」
屈託のない笑顔。日に焼けた肌、男が憧れる肉体。ヤヌスの心臓がとくんっと波打つ。
いつも一緒にいて笑い会っていた頃のシソンが目の前にいた。
「あいつと同じ名前だからな、
「はい」
「どうした? 緊張してる?」
シソンはヤヌスと目線を合わせるように膝を折る。
彼の瞳が真っ直ぐにヤヌスを捉え、「緊張しなくたって、大丈夫だ」と頭を撫でた。
リアルで触れられた訳でもないのに、手のひらの温かさが伝わり心が踊る。当時シソンはよくカイトを子ども扱いしていた。その事と何も変わらない。
ヤヌスは「会いたかった」の言葉すら伝えられずにいた。
二人は並んで座り海を眺める。太陽がキラキラと海面を照らし、青空を雲が流れていた。
ここが仮想空間だということを忘れそうだ。
「静かだな」
「はい」
「さっきから『はい』ばかりだな」
「ごめんなさい」
「ははは、謝ることないさ」
シソンは遠くを見つめている。さらさらの黒髪が風でなびき、触れてみたい衝動にかられる。
「不思議だな。君といるとカイトを思い出す。君の様に澄んだ瞳をしていた」
「えっ、あの、そのカイト……さんって」
「うん? ごめんごめん。カイトっていうのは俺の大事な仲間でね。危なっかしくて、つい構ってやりたくなる奴なんだ」
「そうですか……」
優しい笑顔、これが仮想空間で自分が作り上げたシソンだということを忘れてしまいそうだ。
自分に都合の良い情報、思い出だけがインプットされているのだから、当たり前だ。
もし、あの最期の日の事をシソンが知ったら、彼はどういう反応をするだろう。
「き……きみ……は」
「シソン? どうしたの?」
急に目の前のシソンが歪み数字の羅列に分解されていく。
「シソン!?」
空に穴が開き、暗闇が広がっていく。バグか!? ヤヌスはゴーグルに手をかけた。
その時頭上から声が聞こえた。その声は機械的で抑揚のないものだった。
『却下します』
「い、イヴ!?」
『却下します』
ヤヌスは慌ててゴーグルを投げ捨てる。このエリアはイヴの管轄外だ。彼女が知る筈がない。
「ま、まさか……」
ヤヌスは一歩退く。この考えが正しければ、今までの努力は水の泡。そしてソレは己の命が終わることを意味している。
『却下します』
冷たい声が部屋中に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます