◆9


 高位貴族院会議を乗り越え、ようやく周りも落ち着いた。とはいえ、まだまだやる事は山積みだ。ブルフォード公爵領の領地管理を怠らないようにしなければならないのだが……慣れない事とあってカーチェスに習っている最中だ。


 公爵領とあって、領地はだいぶ広大だ。そして領民達の人口も他の領地より多い。管理するのも至難の業だ。早く慣れないといけないな。


 と、思っていた矢先の事である。



「公爵様、お客様がお見えになりました」


「……は? 約束はなかったよな」


「はい。お客様は、メスト子爵、夫人とご令嬢の三名でございます」



 確か、メスト子爵と言ったらダンテの父の弟だったはず。ダンテの叔父という事になる。


 婚約破棄をされ不能男という噂を広められた俺に、一体何の用があって来訪してきたのか。このタイミングで来るとなると……まぁ、少し考えれば分かるか。



「分かった。客間に通してやってくれ」


「かしこまりました」



 とはいえ、ダンテの記憶の中に叔父にあたる子爵の情報はあまりない。この前のルアニスト侯爵の時は、元婚約者がペラペラ喋ってくれていたおかげで乗り切れたんだが……さて、どうするか。


 まぁ、カーチェスが後ろにいてくれるから何とかなるか。



 客間に入ると、ソファーに座った3人の視線が向けられた。ダンテの記憶の中にいた人達だ。端に座っている若いご令嬢は見た事がないな。



「お久しぶりですね、叔父様、叔母様、ご令嬢」


「っあぁ、久しぶりだな」



 俺の容姿もそうだが、俺の態度に3人は驚いているようだ。ダンテ本人なら、会わずに使用人に帰るよう言わせる。それか、開口一番「さっさと帰れ」と言うことだろう。身構えていたにもかかわらず、簡単に俺が出てきてこの態度だからと拍子抜けしていることだろう。



「婚約破棄の件は、非常に残念だったと思っているよ。前から決まっていた結婚話だったし、相手は由緒正しいルアニスト侯爵家のご令嬢だったからな。これからのブルフォード公爵家の未来を――」



 ……一体このおっさんは何を言い出すかと思ったら、そんな話をしに来たのか。こっちは忙しいんだが。



「それで、ダンテよ。今までルアニスト侯爵が代理人としてブルフォード公爵領の領地経営をしていたはずだ。その件に関してはどうなったのだ」


「……誓約は破棄しましたから、今は私がブルフォード公爵として領地を管理しています」


「なるほど……確かに、婚約は破棄されたわけだから、もうあちらとは関係がない。いい判断だ」


「……」



 ……は? いい判断? 誰目線で言ってるんだ?



「それで、ダンテよ。私から提案があるんだ。私の兄である君の父上は生前までブルフォード公爵領を治めていた。だが君に受け継がせる前に亡くなってしまい、それからは婚約者の父であるルアニスト侯爵がその役目を務めていた。だが今になって婚約が破談となり君に役目が回ってきたわけだ」


「……」


「だが、いきなりというのは少々難しいのではと思い今日来たわけだ。私が代わりに代理人として務めを果たそう。そして、もう一つ。あの婚約破棄の時に彼女が言った事を覚えているだろう。今社交界でも噂となって広まっている」


「……そうですね、覚えています」


「これでは、我がブルフォード家として子孫を残すことが難しくなるだろう。由緒あるこの家が途絶えてしまっては、早くに亡くなってしまった君の両親にも示しがつかないだろう。そこでだ。ウチの娘を君の婚約者に立てるのはどうだろう」



 あぁ、なるほど……そういう事か。まぁ、予測はしていたから驚きはしないが。


 ブルフォード公爵家の未来を、と言ってはいるが、俺には叔父の心境が丸見えだ。いや、分かりやすすぎる。


 だが……さて、どうしたものか。


 ダンテの中でのこの叔父は……あまり良い印象ではなかった。俺としても、この叔父にブルフォード公爵家を託すことはしたくない。となると、この打開策は……



「叔父さん、貴方階級は何でしたっけ」


「……それが何だと言うのかね。私は、長い事領地を治めている。領地管理をしてこなかった君よりも経験があるのだよ」


「子爵、でしたよね。でも、それでは高位貴族会議には参加出来ない。ブルフォード公爵領を代理で治めるというのであれば、それに参加しなきゃ話になりませんよ」



 今までの代理人は侯爵という階級を持っていたがために成り立った。だが、この人は下位貴族である子爵家当主。何もかもが違うのだ。



「それは……君の代理ということで陛下に……」


「帝国憲法をお忘れですか? 例外で特別に、などと甘ったれたことが許されるとでも? そんなもの、陛下を甘く見てると自ら言っているようなものでしょう。それも分からないのですか」


「っ……では、君の指導者として……」


「公爵領の領地経営と、子爵領の領地経営は同じではありません。それに、こんな事すら分からない人を信用していいと思いますか?」


「私は君の叔父だぞ。信用していないとは心外だな。せっかく私は君のためを思って……」


「そんなもの、嬉しくもなんともありません。叔父さん、信用や信頼はどこから来るものだと思っているのですか? それらは、今までの行動から得られるものです。私に信用してもらえない理由は、自分自身がよく理解しているのではないのですか?」



 お前が今まで俺のために何かしてくれたことはあっただろうか。これは、そういう意味を持っている。


 叔父が何も言えないのは、したことがないと分かっているからだ。



「っ……君がやるというのであれば、私はもう口出しはしない。だが、結婚話は別だ」


「ただの親戚でしかない貴方に、私の結婚を心配されたくはありませんね」


「……なんだと?」


「領地管理の代理人にさせろだの、自分の娘と結婚しろだの。下位貴族の子爵家当主ともあろうお方が、公爵家の当主にでもなったつもりですか? そんな分をわきまえないような人を家族に迎え入れるだなんて、こっちから願い下げだ」


「何だその口の聞き方はっ!!」



 そんな俺の言葉に、子爵は勢いよくソファーから腰を上げ、声を荒げた。こちらを見下してくるような態度だ。だが、俺からしたらそんな行動は痛くもかゆくもない。



「分をわきまえない? ただの親戚? 私はお前の叔父、お前の父の弟だ。何の変わりがあるんだっ!!」


「そう怒鳴ったら、どんどん悪化してきますよ。子爵家当主殿?」


「貴様っ!!」


「貴方に、貴様と呼ばれる筋合いはない。貴方は、私の両親が亡くなった時もそうでしたね。そのせいでルアニスト侯爵と論争になった。まぁ、結果はすぐ出て、親族だからと大目に見てもらえた。侯爵が子爵に勝てないわけがないですからね。ですがそれは、公爵である私も一緒だ」


「「「っ!?」」」


「子爵家には大切なものが少ししかないんだ。しっかり見張って守っていないといけないでしょ。生意気な自分の甥に構う暇なんてないはずだ」



 この国は、結局地位と金が全てだ。下位貴族は何がなんでも自分達の地位を守るため常に事業やら何やらで金稼ぎをしている。


 自分達の大切なもの、というのは、事業など自分達が金稼ぎをするための手段の事だ。それが無くなってしまえば、生きるためにまた事業を起こさなければならない。だが、始めるためにはそれなりの資金が必要だ。なら、その資金をどうやって集めるかという問題が発生する。


 借金という手もあるが、果たしてその借金を今後返済出来るだろうか。人間誰しも先は分からない。もし事業が失敗すれば借金は増え続け取り返しのつかないところまでいってしまう。そのそも、貴族達はプライドの塊だ。借金をしたなどという事実は周りに知られたくないはずだ。


 そう考えると、今の事業を失うわけにはいかないのだ。


 もし、自分達の大切なものが俺によって潰されたらどうなる? ブルフォード公爵家には金がわんさか湧いている。下位貴族の事業を潰す事など、ものの数分で簡単に出来てしまうのだから、瞬く間に自分達が途方に暮れてしまう可能性だってある。



「親族だから? 叔父だから? 血が繋がっているから? 私にはそんなもの知ったこっちゃない。あなた方がどうなったとしても、私には関係ないんですよ」


「っ……」


「このまま何も言わず帰ってくれるのであれば、私は何もしませんよ」



 これは、脅迫だ。俺の機嫌を損ねず黙っているのであれば何もしない。だがまだ騒ぐのであればお前達を潰すぞ。そういう事だ。


 向こう側の3人は、さも恐ろしいものを見たかのように、青ざめ身体を震わせていた。



「カーチェス、お客様がお帰りだ」


「かしこまりました」



 彼らは、何も言わず逃げるかのようにして帰っていった。



「はぁ、これだから親戚のやつらは……」



 叔父がすぐに帰っていったことが親戚間で知れ渡れば、他の親戚達も黙る事だろう。あれだけ脅かしたんだ。余程の馬鹿の怖いもの知らずでなければ、俺のところに来る事もないだろう。油断は禁物だが、これで他の事に集中出来るな。


 全く、こっちは忙しいというのに。なにが代理人だ、なにが結婚話だ。おせっかいにもほどがある。


 だが、あまり知らない人達ではあったけれど、上手くいったんだから良しとしよう。

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