◆8


 会議の会場となる部屋まで辿り着くと、扉の前に立つ使用人が凝視していた。俺を見た瞬間動揺しているようだ。ここに来るのは高位の爵位を持った者のみ。高位、というのは公爵、侯爵、辺境伯のみだ。



「ダンテ・ブルフォード公爵様です」


「はっはい!? あっ、申し訳ありません、どうぞこちらへ……!!」



 案内人がそう言うと使用人はうろたえつつ扉を開けた。睨まれると焦ったのだろうか。その気はさらさらないのだが。


 中には……10人の男性達がもう席に着いていた。この国では公爵が俺を入れて3人、そして侯爵が6人、辺境伯が2人だ。


 俺の登場で、周りは勿論ざわつく。一体この男は誰だ、と。だが、使用人の声でより一層騒がしくなった。



「ダンテ・ブルフォード公爵様のご到着です」



 と。


 予測はしていた為、この状況では顔色は変えずにいられた。だが、内心緊張はしている。ここにいるのは高位貴族、すなわちこの国の重鎮達だ。その重鎮と呼ばれる者達の中に俺も該当されるがな。だが、俺としてはその者達と初対面である。


 俺は心を落ち着かせた。大丈夫、俺なら出来る。と。


 部屋には大きな丸テーブルが一つ。平均に11の椅子が並べられている。そして一つ空いている俺の席に静かに着いた。



「ほぉ……ずいぶんと晴れやかになりましたな」


「そうですか?」


「えぇ、さては何か面白い事でもあったのですかな?」


「そうですね……確かに面白い事はありましたよ。今までつまらない事ばかりでしたからね。今はとても充実しています」



 そう声をかけてきたのは、俺の隣に座るラモスト公爵。まぁ、悪い人ではない。面白い人ではあるが。身なりが変わっただけでなく、珍しくこの会議に顔を出した事に皆驚愕している中、こうやっていち早く話しかけてきたところがまたさすがだな。


 そんな俺達の会話を聞いていた、丁度俺の目の前に座っているとある侯爵は、テーブルの前に乗せている両手を強く握りしめわなわなと身体を震わせている。俺の元婚約者の父親、ルアニスト侯爵だ。


 この前侯爵邸に出向いた事もあって、今回は貴族達の前で何か言ってやろうと思っていた事だろう。だが、ラモスト公爵に先を越されてしまった。しかも俺のこの言いようもあってこんな様子なんだろう。娘との婚約破棄後、生活が充実してると言ったのだ、そりゃそうなるだろうな。



「さ、無駄話はここまでにしましょうか」


「えぇ」



 無駄話、という言葉に侯爵はカチンと来たようで顔を赤くしていた。


 俺が来た時点で参加者が全員そろった為、高位貴族院会議はすぐに始められた。


 ダンテの記憶と同じような進め方だった為、その点に関しては助かったな。議題の中には、もうそろそろで行われる第二皇子殿下の成人の儀に関する案件もあった。完全に忘れていたな。


 だが、俺の顔色をうかがっている者がちらほら見える。俺が会議を面白くなく感じているように見えたのか。侯爵家や辺境伯家の面々はブルフォード公爵がそこまでして怖いらしい。あぁあと一人、睨みつけている者もいる。気にするところではないがな。


 一応ちゃんと聞いていたが、さして必要な情報などはあまりなかった。


 会議が終了し、すぐに帰ろうかと部屋を去ろうとしたら、とある人物に声をかけられた。予測していた通りの相手だ。



「ダンテよ」


「……如何しました?」



 その人物は、元婚約者の父親、ルアニスト侯爵だ。あそこまで熱烈な視線を送られ続ければ、終わった後に何か言ってくるだろうと予測するのは簡単だ。



「こたびの件、本当に残念に思っているよ。君とは長く付き合いのある間柄だったが、セピアの父である私ですら、どういった心境で娘がこんな事を言い出したのか……時折ふさぎ込んでいたのは気付いていたのだが、何もしてやれなかった私は父親失格だな」



 ある事ない事べらべらと周りの公爵達に聞こえるように話し出したルアニスト侯爵。聞いてやっているが、俺に問題があると言いたいように聞こえる。


 そちらに出向いた際、俺が脅しをかけたから敵対視してるのだろうな。今までだって、怖いもの知らずでダンテに攻撃的だったが全部相手にされなかったんだ。こうなるのもうなずける。


 とはいえ、年齢的にはそちらが上であっても身分は俺の方が上。そして、もう未来の義父ではないのだから礼儀は必要だ。しかもここは皇城で、公式な場である。馴れ馴れしく名前を呼ぶ事も、敬語を使わない事も、マナー違反だ。それに気付けないのだから呆れるな。


 公爵家当主である俺を下に見ている、と言っているようなものだ。



「婚約破棄の件は、驚きはしましたが、それで彼女が幸せになれるのでしたらこれで良かったではありませんか」


「っ……」


「ご令嬢のご婚約、おめでとうございます」



 おっと、青筋が立ってるぞ?


 そのまま、では失礼しますと一言残して部屋を去った。実に正直な方だったな。失礼な事は言ったが、どうせ俺はあのブルフォード公爵だ。侯爵家とは身分の差があるのだから、文句は言えまい。



「おやおや、今日のルアニスト侯爵はあまり虫の居所が良くないみたいだ」


「お久しぶりです、レスリス公爵」



 そう言ってきたのは、レスリス公爵。この人は……少々悪ふざけの好きな人だ。あまり話はしたくなかったんだが、話しかけられてしまったのであれば仕方ない。それにこの人は色々と顔が利く人だから仲良くしていて損はない。



「聞いたよ、公爵。今ちまたで流行っている君の噂」



 ほらな、こんな事を言えるのはこの人くらいか。



「だが安心してくれ、私はそんな証拠もない噂話は信じないタイプでね。まさかブルフォード公爵ともあろう方がそんな事はないだろう?」


「そうですね。私ですら知らない事をご令嬢がご存じだとは思いませんでした。一体いつ知ったのか皆目かいもく見当もつきません」



 挑発してくるような話し方だ。だが、これは一度もご令嬢と夜を共にしていませんという事。それはただの彼女のでたらめだという事だ。


 それが伝わったのか、公爵は高笑いをしていた。はぁ、マジで勘弁してくれ。


 今度、ゆっくり話なんてどうかな? とレスリス公爵に誘われ、喜んでと返答しこの場を失礼した。


 さっさと帰りたい、と思っていたが……出くわしてしまったのだ。



「……ご機嫌麗しゅう、殿下」


「貴殿は……」


「あぁ、失礼しました。ダンテ・ブルフォードでございます」


「っ……!?」



 まさか、ここで第二皇子と会うとは思わなかった。元婚約者と、現婚約者のご対面だ。皇城に入る直前、絶対に会いたくないと思っていたが、まさかのご対面とはな……あぁ、早く帰りたい。



「ずいぶんと、様変わりしたな」


「えぇ、心機一転しようと思いまして」



 そのきっかけが自分だと思ったのだろうか、一瞬顔がこわばった。そもそも、ここは一目の多い皇城であるため顔には出さないが、俺と鉢合わせする事自体が気まずい事だろう。


 殿下はまだ19歳。成人の儀は殿下のお誕生日の日に行われるため、そろそろ20歳となる。まだ未成年ではあっても、第二王子という立場からか大人びている。周りの環境の影響、という事だろうな。


 25歳である俺より年下ではあるが……俺より身長は高く、鍛えているのか身体はがっしりとしている。瞳はエメラルドグリーンのように輝く緑で、短めの金髪。


 とりあえず、言っておこう。


 ……俺の好み、ドンピシャなのでは?


 大人びた雰囲気ではあるものの、まだ幼い面影を残している。あぁ、ちなみに俺はゲイだ。その為どんな女性達に言い寄られようと嬉しくも何ともない。


 そして、こう思いついた。


 これも、アリなんじゃないか……?


 と。


 博打、賭け、のようなものではある。当たって砕けろ、とはよく聞くが、砕けてしまうのは困る。だが、前世の俺ではなくダンテなら、勝率はある。



「私がお伝えするのはいささか気分が悪いかと思われますが……ご婚約おめでとうございます」


「……」


「殿下のこれまで以上のご活躍を、期待しております」


「……あぁ」



 ダンテはギャンブルが大の得意、いわば逸材だ。その器用さと能力を今度は俺が使わせてもらおう。


 今目の前にいらっしゃる殿下は、俺がこれを言うとは思いもしなかっただろう。殿下の知るダンテ・ブルフォードは一言礼をし、さっさと去るような奴だ。


 こうやってうやうやしく礼をし、こんな皮肉じみた事を言うとは信じられない事だろう。そもそも、口は悪いが世間からすると殿下はダンテの婚約者を奪った人物だ。この態度を見るに、悪い事をしたとは少し思っているようだ。



「では殿下」


「っ!?」



 顔の整ったダンテの笑顔は、恐ろしく周りを魅了する。ここに来るまでは、少し口元をゆるませるくらいに抑えていた。だが、今までの相手は屋敷の使用人やご令嬢達。


 では、目の前にいらっしゃる殿下に向け、微笑んだらどうなるだろうか。だが、微笑むだけでは面白くない。だから、俺は……少しのスパイスを足すことにした。



「私は、これで失礼します」



 皇子とは会いたくないと、ここに来る前は思っていたが……


 またここに来るのも、いいかもしれない。



 その後、ようやく屋敷に戻ることが出来た。いろいろとありすぎてもうぐったりだった。



「おかえりなさいませ、ダンテ様」


「あぁ、ただいま」


「直ぐに湯あみのご準備をいたしましょうか」


「あぁ、そうしてくれ」



 湯あみの手伝いでメイド達が熱意のあるじゃんけんをしていたのを俺は知っている。


 毎回毎回手伝いはいいと断ろうとしているのだが、中々引きさがらない。手伝いをすることも仕事の一環だったが、今まで触られる事が嫌いだったダンテはお手伝いを断っていた。


 ……そのはずなのだが、態度が変わった途端にこれだ。まぁ、仕事なのだろうが……結局鼻血を出して退場していく。だからいいって言ってるのに。ウチのメイド達は仕事熱心だな。



「はぁ……」



 公爵家の風呂は気持ちよくていい。おかげで疲れが抜けていく。


 さて、今日は第二皇子とご対面したわけだが……いい方向に向いてくれることを願うとしよう。


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