第四章 ふたりの日々 Two Souls, One Life 2

 護留の再度の疑念を裏付けるかのごとく、悠理は酸欠の金魚のように口をしばらくぱくぱくさせた後猛烈な勢いで言い訳を始めた。

「あ、あのこれは違うんですその! あなたが連れて行ってくれるって応えてくれてやっぱり私の居場所がばれちゃまずいだろうなと思ったんでALICEネットの接続を切ってるからエネルギー補給も受けられなくてお祭りだからおいしいものたくさん食べられるのかなあと思ったら全然そんなことないしお披露目の儀式めちゃくちゃ長いしずっとりんご飴の味のこととか考えていて立ちっぱなしだし人といっぱい話もしたしで疲れてて私もともと小食なんですけどお祭りのために更に我慢してたせいでつまり今猛烈にお腹が空いているんですが普段からそんないやしんぼうではないんです断じて信じて!」

 護留は溜息を吐く。

 ぐうううぅぅ。

 そこに追撃のように再度鳴る悠理の腹の虫。

 酸欠の金魚から死んだ金魚にランクアップした悠理はもう押し黙り、ただただ涙目で自分のお腹を押さえつけている。

「安心しなよ。りんご飴を二本いっぺんに食べようとしても、いやしんぼうではないそうだから」

「はひ?」

 悠理の肩を叩き、

「――取り敢えず、朝ごはんにしよう」

「ひきゃあ?」

 悠理は軽く叩かれただけで勝手に飛びあがり勝手にまたこけた。


 悠理の悲鳴が再度響き渡ったのはそれから五分後のことだ。

「ちょ、ちょっと! 一体あなたは一体なにを一体しているんですか一体!?」

「落ち着け。今『一体』と四回も言ったぞ君。天宮語か? 僕は肉を焼いているだけだ」

「に、肉って。それ、電池……」

「電池じゃなくて、有機発電機だ。IGキネティック制御で回転する筋肉の塊。自分の会社の商品も知らないのか?」

「それくらい知っていますよ! けど、」

 護留は悠理を無視して金串に刺した青黒い肉片をトーチで炙り出した。有機発電機を喰うのは、廃棄区画の非市民ノーバディでさえ悪食と呼ばわる行為だ。上流階級の人々にとってはそれこそ泥を啜ったほうがまだマシだと言うだろう。

 だがALICEネットからのエネルギー供給を全く受けることができない護留は、食える物ならなんでも食べる。悠理暗殺の前金として受け取った金は工作費等にほとんど費やしてしまったので、食料の備蓄もそろそろ乏しくなってきていた。

「ほら」

 差し出された肉片は未だぴくぴくと動いていて、何とも形容しがたいケミカルな臭気を撒き散らしている。

 悠理は頬を引き攣らせ、串と護留の顔を交互に見る

「ああ、心配しないで。毒はないよ」

「それも知ってます!」

 悠理は涙目で護留を見るが、彼はコンロで熾した火の上で、サイコロ型に切り分けた肉片をフライパンで炒めるのに忙しいようだった。

 ――ううううう。

(お祭りの食べ物愉しみにしてたのにぃ……)

 悠理が行った侍女や部下たちからのさりげないリサーチや、自分の権限を最大に用いてのALICEネットでの検索の結果、祭りの屋台ではこれに似た串焼き肉はポピュラーな軽食として親しまれていることは知っていた。

 知っているが故に理想と現実のギャップを受け入れがたい。事実を受け止め切れない。

 だがエネルギー供給が絶たれた今早く何かしら食べないと倒れてしまうのもまた、現実なのだった。

 かつてない煩悶の渦に叩き込まれた悠理は、冷や汗をたらーっと流しながらも受け取り、手にした焼肉を凝視する。それはやはり悠理に取っては食物ではなく、ヘモシアニンが含まれた青黒い有機発電機の解体されたパーツだ。副脳が勝手に肉串のカロリー計算を始めたのでタスクをキルする。

 ――これ、食べないとやっぱり失礼なのかな……。

 結局は空腹よりも、施された物は無碍には出来ない育ちの良さに負けた。

 息を止めて、そうっと口先に持っていく。だがそれでも焦げた人工蛋白の特有の異臭は鼻腔に侵入してくる。決心が鈍るが、もうなるようになれと捨て鉢な気持ちで悠理はそれを口に含んだ。目を強く閉じて、急ぎ咀嚼するが、

「か、かた……」

 中々噛み切れない。味は――思っていたより悪くはない。鮮度の悪い海鮮類のような匂いが鼻をつくが、それさえ我慢すれば何とか食べられる範囲だった。だがとにかく固い。有機発電機の筋繊維が丈夫なのは知っていたがこれ程とは。自社製品について一つ詳しくなったな、と自嘲する。

 噛み切れないで口腔内に残った繊維をどうしようかと悠理は考え込んだ。吐き出すのはさすがにダメだろう。天宮の当主として。いやそれ以前に女の子として。護留はどうしているのだろうかと思い、対面を見ると、

「ま、護留さん? 一体なにを一体食べているんですか一体!?」

「今『一体』を三回も言ったぞ。見たままのものを食べている」

「いや、そう言うことじゃなくてですね、いえ、そうですけど」

 護留は、生の肉片に齧りついていた。

「――お腹、壊しませんか?」

「大丈夫だ。こっちの方が食べやすい。焼くと固くなるから」

 へえ、と納得しかけて悠理は思い直し、

「……分かっていて、私には固い肉を?」

「君が構わないのなら、生で食べてみるか。不味いけど」

「……遠慮します」

「賢明だ」

 護留は大真面目な顔で頷くと、新しい生肉に手を伸ばした。

 悠理は黙って、口の中のものを床に吐き出した。

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