第三章 祭りの中、運命の外 Across Fates 9
西暦2199年7月1日午後12時35分
澄崎市極東ブロック特別経済区域、占有第3小ブロック、天宮総合技術開発公社本社ビル
・――なるほど。分かりました。また何かありましたら連絡を――・
爆破テロ発生後本社に戻り、報告を受け終えた理生は通信を切った。
遺作レガシー――引瀬護留こと『Azrael-02』による天宮悠理暗殺計画は失敗。それに伴って、
また事件の最中に屑代情報部長が情報部エージェント一名を殺害。配下の部隊に偽の情報を指示して捜査を撹乱し、そのまま逃亡した。両『Azrael』シリーズとともに彼も未だ発見には至っていない。
引瀬護留に関する情報に関しても、実際の情報と屑代が報告してきたものとの間には矛盾や改竄点が見られる。情報部の中央有機量子コンピュータには時限制のウイルスが仕掛けられていたのが発見され、現在治療行為のためにシステムを落としており種々の検証は不可能となっている。このハッキングも屑代の仕業とみて間違いないだろう。
「15年前から引瀬と同じく、屑代も裏切っていたというわけですか」
引瀬博士がああも簡単に脱走できたのも、空宮が牽制を始めこちらが手を出せなくなってからようやく遺作が見つかったのも、これで納得できる。
15年前――『プロジェクト・ライラ』失敗の日から、家族を捨て名を捨て、自分の意志すら捨てたように天宮家に忠実に仕えてきたので重用していたが、結局こうなるわけだ。
「これで――『プロジェクト・ライラ』のメンバーも本当に解散ですね」
だが、問題はない。ライラに代わる計画、真の都市と人類救済の術、『プロジェクト・アズライール』は最終段階に至っている。
『Azrael』同士が一処に集まっているのならどうとでもなる。上手くいけばこちらが手を出すまでもなく事が成される可能性もあるが、万全を期すためにも捜索は続行すべきだろう。
テロ発生後、市議会や空宮から矢のように報告の催促が入ってきているが全て無視している。彼らを考慮する必要は最早なくなった。
プロジェクトが達成されれば、なにもかもが終わるからだ。
彼らに提示していた『プロジェクト・アズライール』の内容は、全て資金やリソースを引き出すための虚偽だ。
澄崎市中央ブロックと10万人の
このまま放置していても構わないのだが、今後こちらの動きの障害となる可能性もある。計画の達成は疑いようがないが、遅れればそれだけ苦しみが長くなる。となれば市警軍や市税局の手駒を用いて黙らせておいたほうがよかろう。
「
市議会と空宮の最終対応に少しばかり――一週間程度の時間を取られる。その後にはこの澄崎に天宮を、理生を止められる人間は誰もいなくなる。
更にその先――『天使』の再誕が成された暁には、この街から人間そのものがいなくなる。
理生は窓に映った色なき景色を見遣る。
澄崎市を塞ぐ忌々しい灰色の蓋。理生を、悠灯を、そして全市民をこの狭い世界に囚えている檻。あるいは技術発散の脅威から、人類を護り留めるための欺瞞の盾。壊すべき呪い。
人々の意識と魂で編まれた知性の網、即ちALICEネットそのものを用いて張られた大規模事象結界に覆われた世界。市民全員の魂が存続を望む世界を。
天宮理生は、飽くことなく眺め続けた。
†
何やら、外が騒がしい。何しろ今回は100周年記念祭だ。よっぽど派手にやっているのだろう。
娘は、祭りを楽しんでいるだろうか?
土産話が楽しみだ。あの子は食いしん坊だから、お姫様のことよりも屋台の食べ物の話ばかりになるかもしれない――その様を想像してクスクスと笑う。
今日は近所の人たちの好意で介護を受け、体調も良い。そうだ、身体が動かせるから、あやとりの続きを教えてあげよう。一人で練習しているようだが、あやとりには二人で作るものもある。
娘が大人になる姿を、恐らく自分は見届けて上げられないけれど。自分が生きた証をあの子の中に少しでも残してあげたい。
母親は、娘の帰りを待ち続ける。
いつまでも、待ち続ける。
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