第三章 祭りの中、運命の外 Across Fates 8

 怒号と悲鳴、救命を求める叫びを圧して、また爆発が起こった。恐らく、先の爆発で倒壊した飲食店の燃料だろう。始末の悪いことに連なっていた屋台に次々と引火し、火災は短期間で劫火へと成長した。火と煙に巻かれて逃げ惑う群集。

 そんな叫喚を、現場から少し離れた廃ビルの屋上から眺める者がいた。

 屑代くずしろだ。

「いくらなんでも派手にやり過ぎだな、こりゃ。理生りおの奴は本気で後戻りする気はないということか」

 護留と対峙した時の口調とは打って変わった砕けた言葉遣いで独りごちる。

 一番破壊の痕が激しい爆心地に目を向けると、ちょうどフライヤーから二人――護留と悠理が出てくるところだった。

「はっはっ! 一丁前に手まで繋いで。男の子だねえ」

 楽しそうに呟く。

「――逃げ切れよ、雄哉〈ゆうや〉」

 二人が西に向かって逃げるのを確認すると、屑代はALICEネット通信で部下たちに指示を出す。

・――こちらは屑代情報部長だ。特別巡邏隊と情報部警備課の人間は、市警軍の一般部隊や空宮の奴らを現場に近づけるな。うちの管轄だと言って全て突っぱねろ。手の空いている者は〝東〟方面を全力で捜索しろ。そちらに遺作レガシー悠理お姫様が向かった――・

 了解の返事を待たずに通信を切ると、振り返る。

「で、お前は何の用な訳?」

 そこには、先ほど護留とすれ違った屋台の男――公社情報部のエージェントが立っていた。

「どうして、偽の情報を部隊に流したんですか? 屑代部長」

 氷のような視線と、面の様な無表情。

 質問に質問で返すなよ、と小さくぼやいて屑代は答える。

「そりゃ二人を逃がすために決まってるだろ。野暮なこと言わせんなよ恥ずかしい。お前こそ状況報告を俺に送らずに直接ここに来たってことは、理生から俺に注意しろとでも言われてたか? いや、理生じゃなくてもしかして空宮の方か?」

 男は黙ったまま前腕部のIGキネティック機構を展開させた。大口径のフルオートショットガンの剣呑な銃口が顔を覗かせる。つまりは、それが答えというわけだ。

「あ、それと俺もう部長じゃねえから。今さっき理生の野郎に辞表送りつけてやったからな」

 男が、発砲した。毎分300発近い速度で発射されるのは散弾ではなく、大口径の一発スラグ弾だ。自動車すら数秒でスクラップにする弾丸の嵐。例え重度身体改造でも当たれば致命的だ。

 だが、

「なっ――!?」

 屑代の姿が、消えた。比喩ではなく、文字通りに。弾丸は空しく虚空を過り、遥か先のビルの壁をズタズタにした。

 空宮にも密かに通じている男は、それを可能とする方法にすぐに気づく。

「――存在迷彩だと!? 発散技術を何故貴様が、」

 かつて百ヶ月戦争でも用いられ、技術的発散と共に人類史から消えたはずの技と術――発散技術ダイバージェンステクノロジー。ALICEネットのデータベースに辛うじて残っている物については天宮と空宮が100年掛けて復刻を試み続けているが、そのほとんどが失敗している。存在迷彩もそのうちの一つだ。

「質問にはきちんと答えてやる。昔『ライラ』って計画で手に入れたんだよ。って言っても分かんねえか」

 言葉と共に男の背後に存在焦点を合わせ再顕現した屑代は、腕から雷霆を浴びせかける。先程のテロの爆発に匹敵する轟音が響き、ビルが傾いだ。以前護留に用いた時と比べ10倍近い出力のそれは、男の身体の半分を瞬時に気化させ、残りの熱が分散主脳と副脳を舐め尽くした。

「っ……屑代……貴様――公社を……裏切っ……家族も、ただでは……」

 沸騰する脳髄とIG義肢を辛うじて動かし、男がうめいた。

「その『家族』を助けるためなんだよ。こちらも必死でな。まあでも公社裏切ってるのはお前もだから、おあいこだよな?」

 同意を求めたが、男は既に事切れていた。屑代は大袈裟に肩を竦め、トルソーのようになった男の頭部を踏み抜く。いったい如何程の力が込められていたのか、ビルの屋上が陥没し、ついに建物そのものが崩れ始めた。 

「さて、退職金でも受け取りに行くかね」

 足にまとわりつく男の残骸を蹴り、その反動で高く飛ぶ。

 遅蒔きながら火災を検知した消防局が気象コントロールにより雨を降らせ始めたようだ。降り注ぐ滴は瞬く間に驟雨となり、祭りの場の混乱は広がった。

 そしてその時にはもう、屑代の姿はどこにも見当たらなかった。

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