第一章 不正な生、負債な死 Working For Death 5
「お見事でした」
声は拍手と共に背後からきた。
「――――」
男たちの装備品を漁っていた護留は素早く振り返る。
中年の男だった。背はやや低く、濃紺色のALICEネット翻訳用のデータグラスをかけている。着ているスーツは暗灰色ダークグレーで、一目で高級品だと知れた。男の周囲だけ雨が降っておらず、地面も円形に乾いている。反降雨力場。身に着けているもの全てが最先端かつ最高品質なものばかりだった。
血塗れのナイフを手にしたまま、警戒心も顕に護留は訊ねた。
「この連中をけしかけたのは、あんたか」
「ご名答です」
何の躊躇もなく頷く男を見て、護留は眉をひそめた。悪意の全く感じられない、屈託ない返事だった。
「あんた、何者だ。なぜこんな真似をした」
「失礼、自己紹介が遅れました。私、
護留の問いに対して男は軽やかに身を折って挨拶をし、
「そこの憐れな方々については、まあ貴方の力の検分役ついでに社会のゴミ掃除と言ったところでしょうか。彼らはこの再整備区域で広範に亘って活動していた臓器強盗団でしてね。市警軍も手を焼いていたのです」
のうのうとそんなことを言った。男――屑代は芝居がかった所作を崩さない。にこやかに笑いながら、手まで差し出してきた。護留はそれを無視して話しかける。
「あんた……前に、会ったことがあるか?」
「――いえ? 初対面のはずですが」
護留は眼を眇すがめて屑代を観察する――つい最近見かけた気がするが、思い出せない。護留は頭を振って、記憶の同定作業を中断した。
「――力の検分、と言ったな。なんのためにそんなことをした」
「これから依頼する仕事を、貴方が遂行できるかどうかを見極めるためです」
「仕事の依頼は、紹介屋の己條きじょうを通したものしか受けていない」
護留の即答に、屑代は笑い目を更に細めて、
「ええ、ええ。存じ上げておりますよ。その上で、不義理で不公平で不正規で不平等で不条理であると重々承知した上で、依頼しようとしているわけです」
「紹介屋を通さずに仕事を持ち込んでくる連中は全員ろくな奴らじゃなかったが、いきなり薄ら馬鹿どもをけしかけてくるような常識人はあんたが初めてだよ」
取りつく島もない護留の態度にも関わらず、屑代は全く相好を崩さずに続ける。
「話くらい聞いてもよろしいのではないですか? お時間は取らせません」
「断る。これ以上不毛な会話を続けても無意味だ。内容も条件も提示しないなんて、依頼とすら呼べない」
「内容、内容ですか。斯様かような時、斯様な場所に、斯様な二人が揃っているのですよ。依頼の内容など、決まっているでしょう?」
屑代はわずかな間を持たせて、その〝内容〟を口にした。
「――
「断る」
護留は再び即答すると、踵を返した。
「報酬を聞いてからでも、遅くはないと思いますが?」
「繰り返し言う。仕事はまず己条を通せ」
「報酬は前金で150万
立ち去りかけていた護留は、屑代がさらりと言ってのけた金額に思わず振り返ってしまった。渋い顔をする護留を満足そうに屑代は見遣る。
「話を聞いてみる気になっていただけましたか?」
「……300万ALCだって?
ALCは澄崎市の正規通貨で、BLCは低級市民等が闇市で用いる海賊通貨だ。ALCで300万。それは、澄崎市の成人男性――それも天宮関連の企業に勤める中流以上の地位につく――のおよそ30年分の所得に等しい金額だ。
「もちろんです。因みに仕事の成否に関わらず、前金の返却は不要です。まあ、『負死者』に対する礼儀だと思って――おや、禁句でしたか?」。
「……禁句なんて知るか。ただ、あんたの話しかたが気に入らないだけだ」
「申しわけございません。営業用の口調――ではなく、嫌いな上司の話し方の真似なのですが。お気に召しませんでしたか?」
屑代はおどけて言う。
――これ以上こいつに付きあっていると偏頭痛に拍車をかけそうだった。
もういい。こいつも黙らせよう。
予備動作を一切行わず、護留は屑代にナイフを突き出した。鳩尾を狙う。
屑代は、躱さなかった。そして護留は躊躇わなかった。刃はその根元まで深々と突き立ち――屑代はゆっくりと膝をつき、泥水の中に倒れ臥した。
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