第一章 不正な生、負債な死 Working For Death 4
「ぁあ?」
男たちは、うつ伏せに倒れた護留を見下ろし、困惑した。死んでいる。後頭部が陥没し、
「な、なんなんだよ、こいつ。
彼らはこれまで殺人行為に対して特に罪悪感は抱いたことはなかったが、護留の余りの無抵抗さと余裕は薄気味悪かった。
「……うるせえ。うろたえるな。とにかく殺やったんだ。剥ぎ取れるもん取って飲みにでも行こうや。けっ、胸糞悪ィ。何が『負死者』だ。とんだ名前負けだぜ。今度の百年祭での自慢話にすらなりゃしねえ」
禿頭は護留の死体に忌々しそうに唾を吐き棄てた。リーダーに促され、ようやく取り巻きは我に返り、
からから、と音がした。
全員が吸い込まれるように音源に視線を向ける。放りっぱなしにしていたナイフが、転がっていた。誰も手を触れず、風も吹いていないのにも関わらず。
「――――」
声をなくす男たちを尻目に、ナイフばかりでなく、先刻まで各々が手にしていた武器が、ころころ、からからと護留目掛けて転がり出した。いや、正確には武器ではなくそれらにべったりと付着した護留の血液たちが、集合しだしたのだ。
男たちは動けない。悲鳴を上げなかったのは忘れていただけで、胸の内では絶叫している。
なんだこれは、と。
『なんでだ』
「ひ、ひいいいいいぃぃぃあああああああああぁぁぁ!」
唐突に発せられたその声に、今度こそ男達は声を振り絞って叫んだ。恥も外聞もなかった。恐怖だけがあった。
『なんで、また、しねない?』
ノイズが混じったような歪んだ声で、心の底から疑問に感じている口調で『それ』は問う。
『なんで、これだけ、やられて、死ねないんだ?』
「――ぅおおぉぉらあっ!!」
禿頭が己を強いて叫び、転がっているスタンロッドを掴み上げ、電圧を最大まで上げる。青白い
「な、ぐっ? くそ、」
しなかった。ロッド以上のスピードで飛び出した肉と骨の欠片たちが、兇器をがっちりと受け止めたのだ。強力な電撃が護留の肉を焼き焦がすが、禿頭の膂力をもってしてもピクリとも動かせない。
『死にそうなくらい痛いのに死にそうなくらい気持ち悪いのに。また、これだ』
護留が、ゆっくりと立ち上がる。
それを見て、一人が堪え切れずに嘔吐した。今までかなり損傷の激しい死体を見慣れてきたはずの臓器強盗の男が、嫌悪感に耐え切れずに自ら指を喉に突きこみ、迫り上がってくる胃の内容物全てを掻き出した。
護留の顔が、顔だけでなく全身が、壊れていた。
そうとしか言いようがない。そして、壊れたまま動いていた。歪んだ目蓋で瞬きし、捻じれた足で地を踏みしめる。剥き出しになった肺が収縮し、あるべき位置から数十センチもずり下がった右手が機械的に空を掻く。後頭部は禿頭からもぎ取ったスタンロッドを咥え込んだままだった。
男たちは、ただ呆然とへたり込むしかなす術がない。その締まりのない視線を浴びる中、それぞれが全く独立して動いていた護留の体の器官が、突然止まった。そして――
爆縮。
湿った不愉快な轟音を伴い、咥えたままのロッドまでもが肉と共に体の内側に幾重にも折り畳まれていく。蛇のような肉帯や蜘蛛の巣のような神経束が激しい出入りを繰り返し、近くに転がっていた武器や路地の廃材すら取り込まれていく。
とても現実の光景とは思えない。地獄が溢れたかのような絵図。
護留の身体からの廃熱で雨滴が蒸発し、凄まじい臭気を伴った蒸気が立ち込め視界を閉ざした。この蒸気に紛れて逃げる――そんな単純な思考すら男たちは奪い去られていた。
やがて音が止み。冷たい風が吹き、蒸気が吹き払われると、そこには……白いマネキンが立っていた。
(
「また、死ねなかった」
声と共にどろりとした白銀の
わずか、10秒弱の出来事。
「――これが、『負死者』だってのかよ……」
禿頭が、感情をどこかに置き去りにした声で言った。
負死者。
それは都市伝説の中に存在する。裏路地で三日も寝起きすれば誰かから必ず耳打ちされる類の、頭の悪い作り話として皆が知る。その噂に曰く――
それは不死ではない。
不死はありえない。天宮が、いや澄崎市が100年かけて実現できなかったものが、何故存在できるのか?
それは不死者ではない。
それは死に負けた者――だから死の言いなりになって、動いている。
それは死を負かす者――だから死を言いなりにさせて、動いている。
それは死を背負う者――だから死のために、動いている。
それが負死者。
姓は引瀬、名は護留。奴は死なない、死ねない、死のうとしない。
噂は話をこう締め括る。
『――奴を殺すな、殺される』
誰かが、啜り泣きを始めた。嗚咽混じりの呟きが、雨音に溶かされ路地裏に浸透する。
いつしか誰もが泣いていた。そして懇願していた。
死にたくない、と。
(危険因子の排除を優先。
「ごめんよ」
怒ったような、泣き出す寸前のような表情で。
護留は一切の無駄なく機械的にも見える所作で、一番近くにいた禿頭の首を、掌から直接生えた白銀のナイフで切り飛ばした。
──全ての泣き声が止むまでに、今度は10秒もかからなかった。
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