第29話 アルの決意
◆◆◆
酒場【ニルブニックバー・ヴァートル】は本日休業日になった。
流石にオレが急に帰ってきてそれどころではなくなってしまった感じだ。ごめんよ、常連さん。
オレと親父はお互いに謝ってから、夜遅くなるまで語り合った。もちろん母さんも交えてだ。
オレからは、碌な準備もせずに帰らずの森に行ったことやそこでの1年間にも及ぶ特訓の生活、ニルヴァニアまでの帰路で出会った商隊や盗賊、といったニルヴァニアを出てから今までのことを主に話した。
帰らずの森に行ったことを話したときなんか2人とも顔を真っ青にしてたなぁ。危うく心配した母さんに締め殺されるところだった…
特訓生活に関してはノヴァス様のことは少しボカして説明した。森で賢者に出会って命を救ってもらい1年間鍛えてもらったということにした。めちゃくちゃ胡散臭そうな顔をしていたがひとまず納得してくれた。
盗賊の討伐や商隊の護衛といった、いかにも冒険者らしい仕事内容を話すときは思わず力が入ってしまった。他の冒険者もいてチームっぽく動けたのが嬉しかったのかもな。
そして最後に冒険者に対しての今のオレの思いを語った。
まずは冒険者という偶像に抱いていた盲目的な憧れについて反省した。自分は今まで英雄譚のような表面上の綺麗な理想に憧れていただけで、裏の厳しくて辛い非情な現実には見向きもしなかった。
実際には泥臭く危険で過酷なものであることに嫌でも気付かされた。覚悟だとか本気だとか都合のいい言葉を連ねただけで一丁前になったつもりになり、その実態は現実の見えていないガキであった。
ただ、それでも冒険者を目指したことでオレは変われたというのも事実である。自分の頑張りを否定されたような気がして反発した結果の行動ではあったが、
正直内容や構成はめちゃくちゃで聞き取り辛かったと思う。
それでも2人はオレの話を遮らずに聴いてくれた。
オレが何を思い、どのように行動したのか。それをしっかりと噛み締めるように理解しようとしていた、そんな感じだ。
親父からも教えてもらったよ。何であんなに冒険者になるのを否定したのかを…
◇◇◇
「おれもお前くらいのときにな…冒険者ってのに憧れてな…ファリスとかともチームを組んで、依頼をこなしたもんよ…まあおれはすぐにやめたけどな…」
親父もかつて冒険者をやっていたらしい。実はそのこと自体は知っていた。じゃあオレだっていいだろう、としか昔は思わなかったけど。
「今は中央大陸の情勢も小康を保っているがな…当時はドラコニアと神聖オルドレイクの戦争の影響が少しだけ残っていてな…この大陸にも難民やら盗賊がかなり多かった…」
ドラコニア・神聖オルドレイク戦争は60年くらい前にあった戦争だ。神聖オルドレイク帝国が自国から独立したドラコニアを侵攻してオルドー地方の再統一を図ろうとした戦争だったはずだ。たしかドラコニアが完全勝利を収め、神聖オルドレイクは名前から神聖を剥奪されてオルドレイク帝国になったんだっけ?
その戦争の影響は大きく、オルドー地方の治安は悪化してそれは周囲へ波及していった。当然ニルブニカにも…
「盗賊への対応ってのが今より多かったんだがな…ヤツら、なんの腹いせか…死体を弄ぶんだ。かなり、惨たらしくな。」
自分たちが戦争で被害を受けたから、他人にもそれをしてもいいと思ってしまったのかもな…オレには想像できない。
「まあ、この酒場にも冒険者はよく来る…人の死で一喜一憂することこそあれど…それを引き摺るヤツはほとんどいない…当時はそれを理解してみんな冒険者をやっていた…」
オレはそんなの考えたことなかった。
親父が言ったように現在はかなり情勢が安定しているといわれている。オレが盗賊に遭遇したのだってあの一度きりだ。
「ただなぁ…お前が冒険者になると言い出したときからな…どうしても、あの死体がチラつきやがるんだ…他のヤツらにはそんなこと思ったこともないのにな…」
………。
「お前が英雄譚のような冒険に憧れて…あんな目にあって…失意のどん底で…そんなことになるかもしれねぇと思ってから…冒険者になるのを否定するようになった…だが…お前の頑張りまで否定していたとは…気付かなかった。悪かった…」
やはり、お互い会話が足りなかったんだろう…ただ、しっかり話していたところで何も起きなかった、ということではないのかもしれない。
少なくともオレはそんなもの話半分にしか聞かないだろうし、親父だってオレが消えてから色々考える時間ができて冷静になったのかもしれない。
時間が解決する、とは言わないがオレたちには少し時間が必要だったのかもしれない。
そしてオレたちはお互いに黙ってしまった。もう和解したはずなのに、距離感がわからなくなってしまったのかもしれない。そんなオレたちを見かねて…
「ほらっ!アンタたちっ!いつまでもグチグチしてんじゃないよっ!もうこの話は終わりっ!明日からはちゃんと店やらないとだからねっ!それじゃなんかご飯つくってくるから!」
バチーン!!
「痛ぇっ!」
「グハッ…」
母さんがオレと親父の背中を思いっきり叩いた。むっちゃくちゃ痛いからっ…!親父なんてまた机に突っ伏しちまったぞ!
母さんはそのまま立ち上がり、カウンターの中に入って奥の方に行ってしまった。
…まだ少し気まずいがこれだけは話さなければならない。オレは意を決して親父に話しかける。
「あのさ、オレ…冒険者続けたい…!まだまだかもしれないけど…本気でやるから!絶対とは言えないけど…心配させることは、もうしない…。だから!お願いします!」
オレは頭を深く下げた。
親父の言葉を待つ。
「……………絶対に死ぬなよ。」
ややくぐもった声がきこえた。
「え?」
オレは顔を上げ、親父を見る。
いまだに突っ伏した状態でいる親父が続けた。
「あと…時間が空いてるときは…店の手伝いもしろ…それが無理なら…やめとけ。」
認めてくれたということか…
店の手伝いをしながら、冒険者をする。それは簡単なことじゃないだろう。お互いの仕事を言い訳に手を抜いたら速攻辞めさせられるかもな。だが…
「わかった。約束する。オレは絶対に死なないし、この店のことも疎かにしない。」
迷わずにそう答えた。
「そうか…なら…しっかりやれ。」
「はい!ありがとうございます!」
こうして正式に親父に冒険者になることを認めてもらえた。それはきっと大変なことだろう。だが、やると決めたからにはやりきろう。いつまで続けられるかわからないけど、その最後のときまで…
「あぁ、後だな…」
親父が顔を上げてこちらの方を見る。先程までの精気のない顔ではない。どこか険のとれた表情だ。だがその顔は真剣であった。
「森の賢者…だったか?いつかこの店まで連れて来い。礼を言わねばならないからな…」
森の賢者…ノヴァス様か。連れてきたいのは山々だが、ドラゴンだから正直難しい。
だが…
「あぁ、必ず連れてくるよ。是非会ってほしい。オレの友達と。」
オレは断言した。何の根拠もないが、ハッキリと。
ノヴァス様は人間の世界に興味を持っていた。想像できないけど、もしも来ることが叶うのなら…このニルヴァニアを案内してうちまで連れてきて…朝まで酒を飲みながら語り尽くしたいくらいだ。
それに案外簡単に解決してしまうかもしれないしな!例えば人間に変身するとかなっ!もしそうなったら一緒に旅や冒険も可能かもしれないな…
まあ、今のオレは
オレは遠い森へ思いを馳せる。
ノヴァス様…ありがとうございます。
あなたは否定しそうな気がしますが、今日この日を迎えられたのは他でもないあなたのお陰です。
いつの日か必ずまた会いましょう。
オレもそのときまでにはもっと成長しなければ…
こうして無謀ながらも英雄を目指したアル=ヴァートルという少年の1年間にも及ぶ長い旅は幕を閉じたのであった。
アリスに会うのは今度でいっか…
――――――――――――
〜アリス宅にて〜
「...お父さん。私に何か隠してる...?」
「ギッギクゥ!?い、いやぁ?...な、何もぉ、かっ隠して、なんか...ないよぉ!」
「本当かなぁ...?いかにも隠し事がある風に見えるけど...」
「アルッ!?あ、いや、今のなし。と、とにかくっ!何もないからっ!お父さんがアリスに隠し事なんてしたこと一度もないだろう?」
「結構ある気がするんだけど...?」
「アッ、アルゥゥッ!?」
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