第20話 結末

 『お、始まったな。』



 紅蓮の翼は一斉に火球の魔法を発動する。そして全員が同時にアルに向けて火球を発射する。



 アルは即座に剣を鞘に戻しながら、何かを唱える。それを終えるのと同時にしゃがみ込み…そして一気に膝を伸ばして右側に飛び退けた。



 その直後、アルのいた場所に火球が着弾する。



 バゴオオオオオオオオオォォオッォォォンッッバゴオオオオオオオオオォォオッォォォンッッバゴオオオオオオオオオォォオッォォォンッッ



 辺り一帯を爆風と熱気で吹き飛ばす。当然アルもそれに巻き込まれるが、空中で体を捻って体勢を直し、なんとか受け身を取ることができた。



 とはいえダメージは0ではなかったようで、少し傷や火傷もできていた。だが、そのダメージを感じさせることもなく一気に真紅の楽園方面に向けて駆け出した。



 『まさかアレをしのぐとは…まるで、銀風の牙のような身のこなしですね…』



 『俺が教えた身体強化魔術も無事使いこなしているようだな。あとは治癒魔術の方は…っと、問題なさそうだな。』



 アルは走りながらまた何かを唱える。するとアルの体が暖かな光に包まれて、傷を徐々に癒していく。



 それを呆気に取られたかのように紅蓮の翼の群れは見ていた。だが、すぐに意識を取り戻してアルを追いかけ始めた。俺らもそれに続く。



 『あの者たちは若くて威勢がいいのですが、いかんせん詰めが甘くて…』



 『まあ今のアルの動きは完璧だったしな。仕方がないだろう。ただ、いくら身体強化魔術を使っているとはいえ、空飛ぶ相手を振り切ることは難しいな。』



 アルも紅蓮の翼たちをだいぶ引き離していたが、その差は徐々に縮まっていった。



 『紅蓮の翼が地上の者に遅れをとることなどありません。まあ…強いて言えば銀風の牙の機動力に追いつくのはなかなかに大変ですけど…』



 『火球を放つ前に接近されて、切り伏せられるんじゃないか?』



 『…そもそも私たちは宵闇の翼のような敵に突っ込む脳筋とは違って、遥か上空から優雅に…ゴニョゴニョ』



 なんか隣の鳥はうるさいので放っておこう。


 

 お、そろそろ追いつかれそうだな。先頭にいた紅蓮の翼が先程とは違い、小さな火球を出現させた。あれは巨大なものに比べ威力は落ちるが、スピードがあるため避けるのが難しいやつだな…さて、どう切り抜ける?



 そして小さな火球が放たれる。アルは後ろ目に確認しつつ、突如進行方向をれた。そう、デカい木の幹の陰になるように。そしてそのまま木に火球がぶつかる…



 バゴオッォォォンッッ



 木の表面は焼け焦げたが、倒れるまでには至らなかった。当然アルには当たらなかった。



 その後、徐々に追いついてきた紅蓮の翼たちも小さな火球で狙いを定めるが、アルの立ち回りがうまく、掠ることはあっても直撃することはなかった。火球攻撃が止む隙を狙って治癒魔術を詠唱し傷を治していく。



 『ここまでとは思いませんでした…人間とはなかなかに凄いのですね…』



 『まあ、人間全員があそこまで上手く対処できるヤツばかりとは思わないがな…まだまだゴールは遠いぞ。』



 紅蓮の翼たちも長期戦になるのを覚悟したのか、魔力を節約するためにさらに小さな火球で隙を与えない方針に切り替えた。



 流石に全部を避けるのは無理そうだな。そう思っていたらアルが腰に掛けている鞘から剣を抜き放ち、体に直撃しそうだった火球を切り裂いた。あそこまで威力の落ちた火球なら、身体強化したアルなら切り伏せることが可能なようだ。



 その後もアルは絶え間なく続く火球の雨を飛んで避けたり、木を陰にしてやり過ごしたり、剣で切り伏せたり、あらゆる方法で回避していった。掠った傷は都度回復しているようだが…



 『まだゴールまで半分はあるぞ。このままだとジリ貧だな。』



 『ええ、このペースなら若い衆の魔力も尽きることはなさそうです。勝負ありましたね。』



 時間が経つにつれて被弾数が増えてきている。回復も間に合わなくなるタイミングがあり、動きが悪くなっていった。魔力はまだ余裕がありそうだが…少し集中が切れてきたか?



 『普通に考えて、紅蓮の翼の群れに囲まれるって絶望だもんな。知ってるか?人間の間ではお前らの群れに囲まれたらなりふり構わず逃げろって教えられてるんだぞ。』



 『私たちは上空という安全圏から獲物を仕留められますからね。一発逆転を狙う、というわけにもいかないでしょうしね。そここそが私たちが宵闇の翼と違って優れているところですっ!』



 コイツいちいち宵闇の翼を引き合いに出してうぜぇなぁ…まあたしかに俺も生まれたばかりの頃に宵闇の翼キモカラスをカウンターで仕留めたっけ…それに対して紅蓮の翼赤シマエナガは魔力切れを狙うしかなかったなぁ…



 さあ、ここをどう切り抜ける?



 

 ◆◆◆



 あぁ…キツい…



 まだ着かないのかよ…



 体力なんてとうの昔に限界が来てる。気合と根性で無理やり動かしているだけで、集中力が切れたらその瞬間にぶっ倒れてもう立ち上がれなくなるだろう。



 もう倒れて楽になろうかな…



 どうせ本当にヤバくなったら、ノヴァス様かハムよし先生が助けてくれるだろ…



 そう心の中で悪態をつきつつも、オレの足は止まらない。



 「チュッー!」「チュチュンッ!」



 ヘルフェニクスの火球が迫る。



 バゴオッォォォンッッバゴオッォォォンッッ



 クソッ…つい避けちまった…当たってりゃ楽になれたのに…



 ゴールまで残りあと1/4の距離といったところか?十分頑張っただろ…



 大体が最終試験の難易度バグってるだろ…冒険者ギルドでもヘルフェニクスの群れに遭遇したら中級冒険者以下は何も考えずに逃げろって言われてるんだぞ?オレは7等級の初級冒険者だぞ?まじであのハムスター許せねぇ。



 だが、疲れているのはオレだけではなさそうだ。



 チラッと振り切ると、ヘルフェニクスが5匹いるが火球の狙いもブレてきているし、発射数も減ってきた。まあだからこそオレはまだ無事なのだが…



 ふとヘルフェニクスの向こう側に視線を向ける。



 そこには巨大な1柱の竜がいた。



 その竜は全身を鋭い深緑色の鎧のような鱗に覆われており、空を覆い隠すほど大きな翼を広げている。この辺の魔物など簡単に薙ぎ払えそうなほどに凶悪な尻尾を空中で棚引かせており、腕を組んで直立するような姿勢でそこに存在していた。



 その吸い込まれそうなほどに深い金色の目でオレを見据えている。



 まるで何かを見定めるかのように…



 それを見て、オレはもう一度心を奮い立たせる。



 あぁ、オレはこの方に失望されたくないんだな…



 なぜかこんなガキに対して親身になってくれた。正直不思議で仕方がないが、理由なんてどうでもいい。その事実だけで十分だ。



 実力でダメならまだしも、心が折れて諦めるなんて…そんな真似はできない。



 ヘルフェニクスがまた火球を放ってきた。



 何か考えろ。このままではいずれ追いつかれて終わりだ。なにか現状を打開できる…って…



 ズガシャアアアアッ



 オレは足をもつれさせて顔面から盛大に転んだ。



 うん、終わったな。



 ビュンッバゴオッォォォンッッバゴオッォォォンッッ



 なんと転んだことで、直撃せずに頭上を通過していった。っぶねぇっ…!



 だが、ヘルフェニクスたちはこの隙を逃さずに一気に接近してきた。クソッ…早く立ち上がらなくては…



 なんとか急いで立ち上がり剣を構えようとしたのだが、うっかり転んだときに手元にあった掌サイズの石を掴んでいた。あれっ!?剣は!?…やべ、先の方に落ちている……



 「もうなりふり構ってられねぇ!これでもくらいやがれっ!」



 オレは半ば自暴自棄に石をヘルフェニクスの群れに投げつけた。すると…



 「チュッ!?ッチュブフェアッ…」ヒュルヒュル…ドサッ



 「「「「チュッ!?」」」」



 ヘルフェニクスのうちの1体の顔面にクリーンヒットし、そのまま墜落した。



 他のヘルフェニクスは一気に警戒して、接近をやめて大きく引き下がっていった。



 よしっ!今のうちだっ!



 オレは剣を拾うついでにいい感じの石も拾い、前へ駆けて行った。



 その後、石での反撃という手段を交えたことにより、ヘルフェニクスたちは攻めあぐねて徐々に距離が開いていった。



 投石も時間が経つにつれて命中率が著しく下がり、その後はひたすら走ることだけに集中した。




 周りの景色が鮮やかな森に変わっていったが、構うことなくただ前へ足を動かした。




 すると、急に視界が一気にひらけた。




 そこには一面を塗りつぶすかのような真っ赤な花畑が広がっていた。




 あぁ…オレは…生き延びたのか…




 一気に緊張感が抜け落ち、崩れるように地面へ倒れ込む…ことなく何者かに体を支えられた。




 オレはその何者かに視線を向けた。そこにいたのは…




 「オレッ…やりましたよっ…先生っ…」



 「ハム。(見事だ。)」




 意識はそこで切れた。




 こうしてオレは最終試験を乗り越えたのだ。





――――――――――――


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