第16話 教会と大国

 「【光に命ずる、自らを、癒す、輝きとなれ】っ…!」



 アルが自分の体のダメージを治癒魔術で回復している。俺がつくった完全治癒魔術ではなく、アルの持っていたメモに書かれた一般的な治癒魔術だ。



 最近はハムスターに治癒魔法をかけてもらうのではなく、練習がてら自分で治療しているようだ。相変わらずハムスターたちとの訓練は過酷なようだが…



 アルがそれを詠唱すると体内の魔力が収束し、前にかざした手の平から暖かな光が出てきて、そのまま体を包み込んだ。完全には治りきっていないが、表情がかなり和らいでいる。



 正直、俺がよく使う治癒魔法のせいで感覚が麻痺していたが、一般に公開されている治癒魔術でも十分凄いよな…



 『特訓前は魔術を使えないとか言っていたが、随分慣れてきたな。』



 「あ、ノヴァス様。そうですね…こうも練習する機会が多ければ、いやでも慣れてきますよ。」



 『その魔術は問題なく使えていそうだな。』



 「はい!体感ですが…あと数回くらいならイケそうです!」



 『やはり、魔術によって要求される魔力量に差があり、それを扱えるだけの素養が魔術のセンスといわれている、という考えは的外れというわけでもなさそうだな。』



 「そうかもしれないですね…ノヴァス様のつくった魔術は使おうとした後の虚脱感が凄かったですしね…」



 まあ、人間たちのいうところの魔術のセンスがまるっきりないって状況じゃないだけでも儲けものか?



 『そういえば、前のお前みたいに魔術が使えない人間が怪我や病気になったらどうするんだ?』



 「んーっと…薬師に頼んで薬を出してもらうか…教会にお布施をして治癒魔術をかけてもらうか、ですかね?」



 ちゃんと薬師みたいな職業もあるんだな。治癒魔術の影響で駆逐されている可能性もあると思ったが、その心配はなさそうだ。教会ってのはたしか…



 『教会とは、お前が前言っていた聖竜神教とかいうヤツか?』



 「あ、そうです。ニルブニカでも国教に定めているっぽいし、教会といえば聖竜神教のことです。」



 聖竜神教ってヤツのこの世界での影響力は凄そうだな。



 『教会が治癒魔術を使う人間を独占しているのか?』



 「いや、そんなことないと思いますよ。ただ、治癒魔術が使える人に教会側から勧誘が来ることがあるらしいです。待遇も結構いいと噂で聞きますし。お布施の出費は痛いですけど…それこそ、現役の冒険者や知り合いとかは平気でぼったくろうとするんで!」



 『知り合いもかよ…それに冒険者ギルドとかでは治療してくれないのか?1番怪我する連中じゃないのか?』



 「…一応、治癒魔術というのは教会の領分というのが暗黙のルールみたいで…みんな中央大陸でも影響が強い教会とは表立って対立したくないんですよ。」



 教義的な話か?魔物なんてものがいる世界でそんな余裕あるのか?



 『それなのに冒険者ギルドでは治癒魔術を公開しているのか?』



 「詳しいことはオレもわからないんですけど…あくまで緊急を要するものとかやむを得ない場合は目を瞑るらしいんですけど…大々的にやったり金を儲けようとするのがタブーらしくて…過去にはそういうヤツが教会の怖い神父さんたちに連れ去られてしまったとか…」



 教義やら利権やら複雑な事情がありそうだな。



 『お前も街に戻ったら勧誘されるんじゃないか?断ったら怖い神父さんに連れ去られるんじゃ…』



 「いやっ!?怖いこと言わないでください!それに冒険者ギルドで公開されている魔術程度では来ないと思いますよ?」



 『あれ?そうなのか?』



 「ああいうのは、多分魔術を得意とするエリートや貴族に準ずる家格の人たちですよ。俺なんか教会に取り込んでもうま味がないでしょ?」



 もろに俗物的な行動だな。一般人が聖竜神教の聖職者になるのはハードルが高いかもな。



 『じゃあ、もしお前が完全治癒魔術なんか使えたら、スカウトが来るかもな。』



 「たしかにそうですね…なんならミリアウリスに連れてかれるかもしれないですね……あっ!ミリアウリスってのは中央大陸にある聖竜神教の総本山です!」



 バチカンみたいな感じか?



 『そういうことなら、治癒魔術であまり目立ちすぎるのはよくないか。攻撃とか身体能力系の魔術はどうなんだ?』



 「たしか、中央大陸のドラコニアっていう国家が国を挙げて魔術研究に力を入れているみたいで…研究機関がいくつもあるらしいんで…」



 『そこに捕まって人体解剖をされる、と…』



 「いや!違いますよ!そこからの勧誘が来るかもって言おうとしたんです!」



 勧誘ねぇ。そんな都合よくいくのか?



 『可能性はあるだろ?それか普通に暗殺されるとか。仮に俺がつくった魔術を使えたり、強化魔法でアホみたいに強くなったらな。』



 「そっそうですかね…普通に、食客のような感じで招かれたりは…」



 『俺は中央大陸の情勢について何も知らないからわからないが…1人だけバカ強いヤツがいるという状況よりも、そいつの強さを解明して他の軍人の強さを底上げする方が国としてはやり易そうだしな。ましてやお前なんてほぼ平民だろ?後腐れもない。』



 「いっ嫌すぎる…」



 強すぎる個ってのは扱いに困るだろうしな。



 『少なくともかなり移動は制限されそうだよなぁ…好き勝手動く制御しにくいヤツなんて邪魔だしな。』



 「うぅ…英雄譚のようにはいかないんですかねぇ…」



 『まあ、仮定の話だ。とりあえずは常識の範囲内で強くなるのがよさそうだな。』



 「そうですね…今までの特訓でも十分強くなっていますし…こういう言い方はアレですけど、ズルはよくないですよね!」



 「ハムッ(てめぇ…俺様がいないのをいいことに陰口とは随分舐めた真似をしてくれたなぁ…ましてや卑怯者だと…?てめぇは1度痛い目を見るべきだなっ!ついてこいっ!銀風の牙の群れの中に放り込んでやるっ!)」



 「うわっ!びっくりした…ハムよし先生かよっ……って!俺の首根っこ掴んでどこに向かうんですかっ!俺に森はまだ早いんじゃないんですかっ!助けてっ!ノヴァス様っ!」



 「ハムッ(ゴチャゴチャうるせぇぞ。さっさと覚悟を決めろ。)」



 森からハムよしたちが戻ってきた。俺は気付いていたが、アルは無警戒だったせいか後ろから突然声をかけられて驚いていたようだ。そして、そのまま連れて行かれた…



 せっかくだからもっと色々聞きたかったのに。



 まったく!





――――――――――――


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