新天地はコミュニケーションから

 俺はヒムロ・マコト。

 不幸にも若くして死んでしまい、目が覚めると、魔物に転生していた。

 ……とまあ、ありがちな異世界転生小説の幕開けだ。


「ここで元・日本人と出会うなんてびっくり」


 この人はヒナさんという。この人も、どうやら日本から来たらしい。歳も俺と大体同じらしく、どうやら同じサブカルチャーを土台にして過ごしていた様子。この状況もすんなり理解出来たみたいだ。


 彼女は被っていたフードを脱いで、俺のすぐそばでしゃがんで目線を合わせてくれた。優しい。


『俺も』


 と、蓋を鳴らす音をモールス信号にして返す。

 


 え、なんでモールス信号かって?

 俺に声帯がなく、文字を書く腕が無いからです。




「転生したらミミックかあ……」



 ヒナさんの呟きに、俺は思わず吹き出した。いや、単に蓋の噛み合わせが悪かっただけだけど。



 そう。俺、ミミックに転生しちゃったらしいんだよね。あの宝箱に擬態するやつ。

 ほんと、スライムだったらよかったのに。これじゃ移動も出来ない。



 そんな訳で俺は、宝箱の蓋をパカパカさせて、その音の長短で彼女と話している。覚えててよかった、モールス信号。


 とはいえ、解読する彼女には、すごく負担を掛けているだろう。それなのに、全く話せられない時間が長くて、堰を切ったように俺は話しかけていた。


 そのことについて謝ると、ヒナさんは「謝ることじゃないよ」と朗らかに笑った。


「私も一人だったから、話相手ができて嬉しいし!」


 いやホント、ヒナさんマジ女神。

 このジメジメしたダンジョンに現れた太陽。

 笑顔がめちゃくちゃかわいい。笑顔じゃなくてもかわいいけど。


 彼女に会うまで、誰に話しかけても、「なんだミミックか」って言われて、スルーされるだけだった。

 そんな状態だったから、余計ヒナさんの対応が身に染みて泣きそう。目玉ないけど。



『ダンジョンに来るってことは、ヒナさんは冒険者?』

「そうだよ。ギルドにも入ってるし」



 それなのに一人で来たのか?

 と、すぐには聞けなかった。


 ミミックに転生してからの記憶だけど、俺はソロの冒険者を見た事がない。ダンジョンには基本、数人で来ている。

 なのになんでヒナさんは、一人で来てるんだろ。あまりいい理由じゃない気がする。


 立ち入った話をするにしても、モールス信号じゃ上手く伝えられないかもしれない。



 ……っていうか、普通にヒナさんと話がしたい。



 いっぱい聞きたいことがあるのに、モールス信号はアルファベット一字だけで何回も蓋を開けたり閉めたりしなきゃならない。

 ヒナさんの負担を考えるなら、できる限り少ない文字で話す必要もあった。



「でもモールス信号で会話するの、ちょっと不便そうだよね」



 まるで心を読んだみたいなタイミングで、ヒナさんが言った。ありがたい。

 ……って思ったら、ちょっとだけヒナさんがビクッとした。



「そ、それでね。ヒムロさんさえよければ、私と契約しない?」 



 契約?

 頭に一瞬、某魔法少女のマスコットキャラクターを思い浮かべる。



「そういうエグいやつじゃないから! 怪しいやつでもないし!」



 俺の考えていたことがわかったのか、食い気味で突っ込まれた。

 ヒナさんはカバンから一枚の羊皮紙を取り出して叩く。

 その紙には、アルファベットっぽい茶色の文字が書かれていて、左上には魔法陣っぽい図形の組み合わせが描かれていた。



「パーティーの契約! ここに名前を書けば、経験値を分配することが出来るから!」



 ああなるほど。レベルアップすれば、何か会話するためのスキルが手に入るかもしれないってことか。

 けど俺、マジで弱いよ。

 弱すぎて倒されても経験値にならないから、ステータスを確認した冒険者にスルーされていたわけだし。自分で言ってて悲しいけど、きっとヒナさんの足を引っ張る。



「大丈夫! 私が全部倒していくから! ヒムロさんはここに名前を書く許可だけくれたらいいから!」



 さっきからすごい押してくるな、ヒナさん。

 つまりヒナさんだけが戦って、俺は経験値を貰うってことか。

 ……それは人としてどうなの? いや、俺今魔物だけど。

 

 とはいえ、マジで俺は雑魚なので、自力で戦う術がない。今使える技と言えば、「噛む(ただし相手が来るまで待つ)」だし。

 ある程度レベリングしたら、俺も戦う術が手に入るかもしれない。それまではヒナさんにおんぶに抱っこって感じで、ちょっと心苦しいけど。


『……お願いしようかな』


 俺がそう言うと、ヒナさんは嬉しそうに目を輝かせた。かわいい。

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