木霊と女子高生の霊 2
覗かれた点から、徐々に周囲の風景が変わっていく。辺りに広がるのは、豊かな緑と草生した石畳。道の続く先には、一本の大きな御神木が天に向かってその枝を伸ばしている。
境内、木霊。私が使う、悪霊払いの心層空間だ。
「君たちには悪いけど、もう一度、死んでもらうよ」
背負っていたカバンから、注連縄を取り出す。霊を払うために使う法具と呼ばれるもので、巫女たちによって特殊な祈りが込められている。法具は人よって使うものは異なる。刀やお札を使う者もいれば、複数の法具を使う者もいる。私が使うのは、注連縄と基本的な印のみ。注連縄は強力な法具のため、呪術を使える印も基本的なものだけを覚えた。
「さぁ、始めよう――かっ」
落ちた葉を巻き上げながら走り出す。相手が身構えるのを見た後、目の前で跳躍して頭上から縄を振るう。注連縄は、片方の頭部を捉え、重い一撃を与える。さらにもう一度、横から霊の体を薙ぎ払う。
「あぅあぁぁ!」
声にもならない悲鳴を上げる。あるいは雄叫びか。なんとも形容しがたい、地の底から震わす嫌悪感を覚える声。悪霊特有の声だ。
「苦しいだろうけど、これで終わりだから」
気迫に比べて手ごたえを感じなかった私は、とどめを刺すために、近くに落ちていた葉を拾う。葉に覗ける程度の穴が開くように破り、開けた穴から霊の姿を覗く。
「木霊よ、安ら……」
祝詞を唱えようとした時、違和感に襲われる。
「消えろ」
違和感の正体を探るよりも先に、反射的に上へと跳躍する。足元を見れば、先程まで私のいたところに、あの霊が立っていた。こちらを見上げながら、消えろ、と繰り返している。 眼は離さなかったはずなのに、いつの間に後ろを取られたのだろう。
「分裂……?」
よく見ると、頭部が一つになっている。奥には、さっき薙いだ方が、苦しそうにのたうちまわっている。違和感の正体は、これだったか。
「……丙くらいかな」
静かに着地し、注連縄を握りなおす。思っているより、簡単に終わりそうもない。分裂できる霊の中にも、種類がある。分裂して力も分割される奴と、力をそのままに分裂できる奴。果たして、彼女たちは前者か後者か。
「二回戦目」
注連縄を握り直し、霊との距離を詰める。私が動き出したのを見て、霊も私目掛けて走り出す。二体が間合いに入ったのを確認して、注連縄で周囲を薙ぐように、身体を捻る。しかし、その注連縄は空を切る。態勢を崩した私に、霊の攻撃が届く。左腕と腹部の右側に、鈍い痛みが走る。
刹那、頭の中に知らない情景が流れ込んできた。落書きされた机、倒れた花瓶。慰め合うように抱き合う、二人の女子高生。私は、その情景を振り払い、近くの葉を手に取り口上を述べた。
「木霊よ、散らせ」
持っていた葉が枯れ、周囲にすさまじい風が吹く。木々の葉が散り、風に運ばれて周りを包み込むようにして舞う。これは呪術ではなく、この境内の中でのみ扱える、私の能力のようなものだ。葉の生命力を使い、木霊から力を借りる。この領域は、御神木の力で満たされているため、空間全てが私の攻撃範囲となる。
舞った葉が霊の体に触れるたびに、霊の肌は葉によって切り裂かれていく。
「いぁぁあぁ!」
霊は葉から逃れようと身をよじるが、辺りに広がった葉は、容赦なく霊の肌を切り裂いていく。
その間に私は態勢を立て直し、二人から距離を取る。
「……いじめ、か」
少しすると、舞っていた葉は枯れ、風も止む。霊は、恨めしそうにこちらを睨み、また何かをぶつぶつと呟いている。
私は足元の葉を拾い、口上を述べる。
「木霊よ、萌え広がれ」
自分の周りを囲むように、細い枝が伸びてくる。注連縄に法力を流し、輪の形にして固定する。一息ついてから、輪になった注連縄を霊に向けて投げた。
「ぃあぁいぃぃ!」
投げた注連縄が片方の霊に当たり、その体を縛り上げて力を奪い取る。
「邪魔するなよぉ!」
もう片方の霊は、事態を理解したのか、焦ったように私の方へ走り出してきた。
「繁茂」
近づいてきた霊の体に、小枝が突き刺さる。霊は動きを止めて、苦しそうに声を漏らす。この枝は全てに私の生命力が流れている。霊にとって、生命力は毒だ。枝の刺さったところから、霊は徐々に力を失っていく。
「私達が、何、したの」
目の前の霊はそう言った。眼孔から、涙が流れている。
「そうだよね。……ごめんね」
霊が私を掴もうと手を伸ばしてくる。私は、自らその手を取りに行く。
「だから、教えて欲しい。君たちのこと。君たちの、未練を」
つないだ手から、彼女の過去が流れてくる。その情景を、私は一つずつ消化していく。
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