木霊と女子高生の霊

霜桜 雪奈

木霊と女子高生の霊 1

 電車が、目の前を過ぎ去っていく。日は役目を終え、寂れたホームは、月と古い蛍光灯の光によって照らされている。私のほかに、ホームには誰もいない。

 首元と、スカートから覗く足が肌寒い。こんな時間になるなら、タイツでも履いて来たのに。

 ブーン、と音をたてる自販機で温かい缶コーヒーを買い、設置された席に腰を掛けて次の電車を待つ。夜風で冷えた手が、コーヒーによって温められる。

「はぁ」

 コーヒーを一口飲む。冷えた体が、ほんの少し温まった気がした。背負っていた荷物を抱え、中からマフラーを探す。首元だけでも温めれば、寒さも和らぐだろう。目的のものを中から取り出し、晒された首元に巻き付ける。髪を短くしたおかげで、前より巻きやすい。また、コーヒーを口にする。

 周囲に何もないせいか、川の流れる音や車の行き交う音のみがホームを彩る。普段何気なく使っている駅だが、夜ともなるとどこか幻想的で、暗闇のレールの先が何処につながっているのか想像心を駆り立てられる。

「……ろ」

 虫の鳴き声に混じって、人の喋り声のようなものが聞こえてくる。数人のグループだろうか。ここまで声が聞こえてくるとなると、かなり大きな声で話しているようだ。少しそちらに視線を移せば、そこには改札に行くための曲がり角がある。普段は多くの人が利用しているが、この時間帯ともなると、誰もいない。

「……いよ、……ろ」

 蛍光灯が、ジジッ、と音を立てながら点滅を始める。近づいてくる声は、徐々に鮮明になる。それを不気味に感じた私は、席から立って、改札とは逆方向にあるホームの端へ向かう。

「消えろ」

 後ろから、鮮明に聞こえる。待ち合わせもしていないのに、まるで私に向けられて発せられたような気がした。それに、ホームには私以外誰もいない。背中に、大勢から視線を向けられているような悪寒を感じる。

 そっと後ろを振り向けば、穴のように真っ黒な眼をした頭部が二つ、曲がり角越しにこちらを凝視している。

「もういいよ、消えろ」

 頭部が何度も呟く。その様に気圧された私は、思わず買ったコーヒーを落としてしまった。セメントの床に金属を打ち付ける虚しい音が、ホームに響く。

 消えてと繰り返す頭部は、不意に、曲がり角からその姿を現す。

「でか……」

 乱れた長い髪をした頭部と短髪の頭部、くりぬかれたように真っ黒な眼、異様に長い首。どこの高校の物か分からない、ボロボロの制服に身を包んだ、女子高生のような異形。この駅に憑いた地縛霊か、もしくはその類。

「消えろ」

 少しだけ、後ろに後ずさる。強い憎悪を抱えて亡くなったのか、その一言一言に込められた確かな殺意が、肌に刺さる。

「見た感じ、丙から丁辺り……一人でいけるかな」

 両手で狐の窓を作り、覗きながら口上を言う。

「誠の姿を現し給へ」

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