3-2 市場と子供とボルシチと
僕が暮らす王都は大きく分けて四つの区画に分けられている。
王都の中心に存在する王城、その正面が南を向いているので正面の地区を南区、そして他の地区も方角に従って北区、東区、西区、と名前が決められている。
僕が商店街と呼んでいるのは東区のことで、商売地区、貿易地区なんて呼ばれたりもしている。
なんでも、王都の東側の方角は他の方角に比べて多くの国が存在しているので、自然と取引が多くなったらしく。
さらに、そこに他の方角から来る商人たちも自然と集まるので商業が活発になったんだとか。
なので、東区は他国から入ってきた商品が最も多く、尚且つ行商人やそれらをターゲットにした人々が出す露店が常に並んでいる。
珍しい食材や質の良い食材を探すのにはもってこいの場所だ。
そして、それはとても寒い今日も変わらない。
東区に入ってしばらくすれば、そこかしこから客を呼び込む声が飛び、ざわざわとした喧騒が溢れる。
人が多いせいか、はたまた人々の熱気のせいか少し気温が高いように感じられる。
「やっぱり商店街は人が多いね。歩くのも一苦労だ」
「クラヴィス様、逸れないようにお手をこちらに」
「そうだね。手を繋いでおこうか」
メイナが差し出してきた手をしっかりと握り、人の波に揉まれて逸れないようにする。
できるだけメイナの近くにいるように注意を払いながらゆっくりと商店街の大通りを進む。
左右両方の道の端に立ち並ぶ露店。
それらが売る商品に目を向けながら歩き、気になった露店があったら近くまで行く、というのが僕のいつものスタイルだ。
今日最初に気になったのはベーコンの塊を店先に吊るしている露店だった。
恰幅のいいおばさんが迫力のある声で呼び込みをしている。
近づいていくとこちらに向かってニカッとした笑みを向けてきた。
「いらっしゃい坊ちゃんっ!うちのベーコンが欲しいのかい?」
「ええ、少し気になって見にきたんです」
近くまで来て気がついたのだがこの露店は店先だけでなく、店の中や後ろの方までいくつものベーコンをぶら下げていた。
しかも見る限りそれらは全て違う種類の肉を使っている。
「結構数がありますね。何の肉を使ってるんですか?」
「ウチは色々扱ってるよ。牛に豚に魔物、今はないけど偶にドラゴンの肉もある。しかもそれぞれ複数の産地の肉を使ってるからね。種類は豊富なのさ」
「へぇ、ちなみに味の方は?」
「何を言ってんだい!もちろん美味いに決まってるだろ!」
「ハハッ、すいません。ちょっとした冗談です。では、おばさんのおすすめのベーコンを豚と魔物でそれぞれ二本ずつください」
「はいよっ!ちょっと待ってな」
おばさんが店先に吊るしてあったものを一本回収し、店内に置いてあった木箱の中からさらに三本取り出して紙袋に詰めてくれる。
「お待ちどう、あたしのおすすめ四本で五千ローグだよ」
「これで。お釣りはいりません。さっきの冗談のお詫びです」
「おや、粋なことをするじゃないか。いいね、気に入ったよ。またおいで!」
おばさんに見送られて再び人混みの中に僕とメイナは紛れる。
もちろん手はしっかりと繋いだままだ。
マジックバックの中に紙袋ごとベーコンをしまい、人混みの中を進む。
肉を買ったのなら次は野菜が欲しいところなので、できるだけ質の良さそうな野菜を売っている露店を探す。
しばらくキョロキョロとしながら進み、いくつか候補を見つけて最終的に白髪のおじいさんが野菜を売っている露店で何種類か野菜を購入した。
特にジャガイモの形が良かったので、少し多めに買ってしまった。
さて、肉と野菜を変えたので一旦満足した。
あとはぐるりと露店の並んでいる道を回って、特に欲しいものがなければ帰ろうかな。
そう思いつつ先に進もうとすると、一つの露店が目に止まった。
そこは食材ではなく、色とりどりのアクセサリーが店先に並んでいる。
「いらっしゃい。何かご入用かい?」
「いえ、特にこれと言って欲しいものはないんですけど、目に入って」
「そうかい。ならじっくり見ていってくれ。うちは大して高価な素材を使ってるわけじゃあないが、質には自信があるんでな。どうだい、そこの嬢ちゃんにプレゼントでも」
そう言って店主が僕の斜め後ろに立つメイナに視線を流す。
僕もチラリと様子を伺ってみるが、表面上はメイドのお手本らしく空気に徹している。
が、付き合いの長い僕にはわかる。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけメイナは期待している。
そう、ほんの一瞬、コンマ一秒にも満たない程度の時間僕に熱のこもった視線を向けてくるくらいには。
まさか剣術の鍛錬で上がった動体視力がここで役立つとは思わなかった。
普段メイナにはお世話になっているし、プレゼントくらい買ってあげるべきだろう。
あと、ミリーの分も忘れずに買っておかないと。
ミリーは案外ヤキモチだからメイナにだけ買った、なんとことがバレたら機嫌を直してもらうのが大変だ。
さて、と。
店先に並ぶアクセサリーに目を向ける。
イヤリングに指輪、ブレスレット、チョーカーなんてものもある。
思ったよりも種類が豊富だ。
メイナにはどれが似合うだろうか。
そもそもの話、メイナに選んでもらった方がいいのか、僕が選んだ方がいいのか、どっちがいいだろうか。
再びチラリとメイナの様子を伺う。
あ、うん。
これは僕が選んだ方がいい。
僕がギリギリわかるくらいだが、メイナの表情からウキウキとした感情と期待が滲み出ている。
しかも視線の方向を若干露店の方からずらしているので、見ないようにしているんだろう。
楽しみはギリギリまで取っておく、といった感じだ。
う〜ん、ここまで期待されてるとなると少しプレッシャーだなぁ。
と、そんなことを思いながらもアクセサリーに視線を滑らせていくと、ピタリと目に留まるものがあった。
「これ、綺麗ですね」
「ん?ああ、これかい?これは魔力の影響で色が変化した水晶を使ってるんだ。自然に色がついたものより色が鮮やかで透き通ってるんだ」
そう言って店主が薄い青色の結晶が付けられたネックレスを手渡してくれる。
じっくりと見てみるとその作りが丁寧なことや、細かい意匠が凝っていることがわかる。
結晶は小ぶりだが目立たないということはなく、つけた人物の魅力を彩ってくれそうだ。
この結晶の色もメイナの瞳の色と同系統だし、ネックレスなら仕事の邪魔になるということもないはずだ。
うん、メイナへのプレゼントはこれにしよう。
「これを買います」
「まいど」
お金を支払い、ネックレスを手に持ったままメイナの方を振り返る。
まだこちらから視線を逸らしている。
「メイナ」
「はい」
澄ました顔で視線を戻してくるけど、その目の奥の熱で色々とバレバレだ。
が、そんなことは表に一切出さずメイナに手に持ったネックレスを差し出す。
絶妙に太陽の光を反射してキラキラと輝くネックレス。
それを目にしたメイナの瞳もキラキラと輝き出す。
「日頃のお礼にって思って買ったんだけど、どうかな?受け取ってもらえる?」
「はい……っ。ありがとうございます、クラヴィス様」
ネックレスを受け取ったメイナは自分の手の中にあるそれにうっとりとした視線を向けている。
ふと、メイナがおずおずとした様子で僕へと視線を向けてくる。
「あの、クラヴィス様。図々しいことは承知しているのですが、クラヴィス様の手でつけていただいてもよろしいでしょうか……?」
「うん、それくらい全然構わないよ」
再度ネックレスを受け取り、メイナの方が僕よりも身長が高いのでしゃがんでもらいつつ、その首の後ろでネックレスの金具を留める。
メイナの首元で青色の結晶がキラキラと輝く。
「本当に、ありがとうございますクラヴィス様。ずっと、大切にしますね」
そう言って僕に向けられた微笑みは、この世界での十二年間と少しの人生で間違いなく最高の笑顔だった。
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で、そのまま何事もなく一日が終わってくれればよかったのだが……。
「……あー、メイナ。これはどう思う?」
「……ギリギリ、生きているのでは、ないでしょうか?」
大通りから外れた小さな路地で、地面に倒れ伏す人を見つけてしまった。
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