2-7 依頼と魔物とトンカツと
何が起こったのか理解が追いつかない。
つい十数秒前、クライスさんは僕たちを逃すために死を覚悟してディリティリーに向かっていったはずだ。
ディリティリーの有する能力からしてクライスさんの死は確実なものだった。
そう、確実のはずだったのだ。
その毒の強力さ故に、生き残れる可能性など一切存在しないはずだった。
なのに、呆然とした様子でその場に立ち尽くすクライスさんと、首を両方とも無くし地面に横たわったディリティリー。
いや、本当に意味がわからない。
僕の決意をどうしてくれるんだ。
なんとも言えない気まずさと気恥ずかしさに僕が表情を歪ませるのと同時、クライスさんがハッと我に帰ったかのような仕草をし、直後その場にしゃがみ込んだ。
何をするのかと思えば、クライスさんはディリティリーの死体にナイフを走らせその体を解体し始めた。
何をしようとしてるのかさっぱりわからないが、元気そうなのでとりあえず放っておく。
「えっと、ミリー大丈夫?よくわからないけど、助かったみたい……」
「そ、そうみたい、ね……」
ディリティリーの死体とその前で何か作業をしているクライスさんの姿にミリーも同意の返事を返してくれる。
でも何が起こったのか理解できてはいなさそうだ。
僕と同じだね。
まぁ、何はともあれ全員助かった、ということでいいのだろう。
そう思ったら一瞬にして気が抜けてしまった。
その場に座り込みたくなってしまうが、それよりも先に色々と確認した方がいいことがあるのでぐっと堪える。
何が起こったのか知るためにも、まずはクライスさんと言葉を交わした方がいいだろう。
「ミリー、ゆっくりでいいから立ち上がれるかな?クライスさんと話をしたいから」
「そうね……。――ッ!」
「どうしたの?」
僕が差し出した手を取りゆっくりと立ちあがろうとしたミリーの動きがピタリと止まる。
視線が下を向いた顔は心なしか赤くなっているように見えるが……。
「……な、なんでもないわ。でも、今はちょっと、立ち上がれそうにないわ……」
「大丈夫?もしまだ足に力が入らないなら僕が――」
と、そこまで言ったところでツンとする臭いが僕の鼻を掠める。
それと同時に、ミリーの足元の土の色が周りと異なり、若干の湿り気があることに気がついた。
……なるほど。
今回のような場合、仕方のないことだろう。
僕はできるだけ優しくゆっくりと声をかける。
「ミリー、大丈夫。あんなに怖い魔物に会ったんだ。仕方がないよ」
「ラ、ラヴィ……」
「大丈夫、誰も笑わないよ。とりあえず服を脱いで体を軽く洗おうか。マジックバックの中に大きめの布が入っているから、服を乾かしている間はそれを体に巻きつけておこうか」
「うん……」
羞恥心に顔を赤く染めながらも、僕に対する信頼感の滲んだその表情、最高です。
色々とご馳走様です。
==========
しばらくして、ようやく三人とも落ち着いたので色々と確認をすることに。
「えっと、まずはクライスさんが無事なようで何よりです」
「そうかぁ……。俺としては今から死ぬって雰囲気出しておいてしっかり生き残ってるのが気まずいんだがなぁ……」
「クライスさん、その話はやめましょう。色々と覚悟を決めていた僕も恥ずかしいですから……」
最初から口にすべき言葉を間違えた。
自分で自分に精神的ダメージを負わせてどうするんだ。
それにそろそろ日も沈み始めているから帰らないとだ。
簡単に必要なことだけ確認しよう。
「まずはあのディリティリーですけど、普通はこんなところにいませんよね?」
「ああ。あいつは本来、人の生活圏から離れた森に生息してるからなぁ。ここにいるのはおかしい。一応、街に戻ったらギルドに報告するかぁ」
「そうですね。それがいいです」
他にも同じような危険度の魔物がいるのなら一大事だし、王都の安全を守るためにも報告した方がいいだろう。
ディリティリーレベルの魔物が他にもいる可能性があるのなら騎士団も動くだろうしひとまずは安心かな。
さて、次に確認したいことなんだけど、実は僕もミリーもこれが一番気になっている。
ディリティリーに関する知識を持っているが故に、疑問を抱かざるを得ない。
「次なんですけど、クライスさん確実にディリティリーの毒の効果範囲に入っていましたよね?なのにどうして生きてるんですか?」
「死んでないのがおかしいわ」
「……聞き方に悪意があるなぁ」
おっと、ついつい日頃の恨みが滲み出てしまった。
次は気をつけよう。
「まぁ、これに関しては冒険者ならではの情報だなぁ――」
そう言った後、クライスさんが語ってくれたことを簡単にまとめると以下の通りだった。
曰く、ディリティリーの持つ毒は即効性がそこまで高くなく、尚且つディリティリー自身が生きている時にしか周囲に放たれることはない。
そのため一瞬だけ近づく、もしくは今回のように一撃でディリティリーを絶命させれば大きな影響はないらしい。
曰く、それでもディリティリーの毒の力は強力であるため放置はできないのだが、ディリティリーの雄鶏部分の心臓には解毒作用がある。
毒の影響を受けて一時間程度であれば、心臓の肉を食べたり血を飲んだりすることで解毒できるらしい。
先ほど死体の前で色々やっていたのは心臓を取り出していた、ということのようだ。
曰く、この解毒に関する知識は何十年前かに冒険者がたまたま見つけたものであり、学者たちによる検証はディリティリーの危険度故に行われていない。
なので魔物の生態を記した本にも載っておらず、冒険者の間でだけ口伝で受け継がれているらしい。
「うん、まぁ大体理解できました。ありがとうございます」
「そうかい、それはよかったなぁ。それじゃあ、俺からも一つ聞いてもいいかぁ?」
「ミリーの服のことですか?それはちょっとクライスさんに教えるわけにはいきませんよ」
「それじゃねぇよぉ。ガキの体になんか興味はねぇ」
「誰がガキよッ!」
「ミリー、どうどう」
クライスさんに襲い掛かろうとしたミリーを後ろから抱き込んで落ち着ける。
体に羽織っている布の下は何も着ていないのだから、そんな状態で暴れたら大変なことになってしまう。
具体的にはクライスさんの目を僕が潰すことになってしまう。
ミリーを抑え込みつつ、クライスさんに話の続きを促す。
そろそろ本当に帰らないといけない時間帯になってきたからなぁ。
「まぁ、嬢ちゃんのことは放っておいてだぁ」
「がるるるっ!」
「ミリー、どうどう」
「俺が聞きたいことってのはなぁ――
――クラ坊、お前は"スキル"持ちなのか、ってことだぁ」
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