2-6 依頼と魔物とトンカツと

 バジリスク。

 蛇を本体として、その後ろに雄鶏がくっついた姿をしている魔物。


 その脅威度は数いる魔物の中でも特に高く、体に触れた植物を持ち前の毒によって一瞬にして枯らし、自身に触れてきた生物を死に至らしめる。

 さらにその毒は伝染し、たとえ武器を用いてバジリスクの体に触れてもその武器を伝って使用者を死に追いやる。

 討伐するには達人レベルの速度で、尚且つ一撃で首を落とす、もしくは魔法による関節攻撃しかない。



 そんなバジリスクの上位種、それがディリティリーだ。

 


 バジリスクの本体である蛇が緑色なのに対し、ディリティリーは白色だ。

 そしてその後ろにくっついている雄鶏も一回り大きく、バジリスクに比べて数段暗い色をしている。


 もちろん、上位種がただの色違いなだけのはずはない。


 その能力も、バジリスクよりはるかに脅威的だ。


 その身に持つ毒は直接触れずとも半径二メートル以内の動植物の命を奪い、尚且つ毒を受けた動植物もまた毒の発生源とする。

 さらには高い魔法耐性も所持し、魔法による攻撃はほとんど意味をなさない。


 もしその存在が確認されることがあれば国の騎士団が動くことになる魔物だ。



 そして現在、僕たちはそんな魔物に相対してる。



 森の中から現れたディリティリーは足を止め、じっとこちらを見つめてきている。

 クライスさんには逃げろと言われたが、逃げることのできる隙があるようには思えない。


 背中を向け瞬間に殺される、と言う確信に近い思いが僕の中を満たしている。

 チラリと横に視線を向ければミリーは顔を青くし、絶望の表情を浮かべている。


 僕同様、ディリティリーの知識を持っているが故、いや目の前の存在から放たれる存在感が原因だろう。

 中途半端な知識が首を絞めることになった。


 見た目の特徴だけでなく、その鳴き声なんかも知っておくべきだった。

 そうすればなんとか逃げることはできたかもしれないのに。


 自分の行動を後悔するが、もう後の祭りだ。

 今はどうやってこの場を切り抜けるかを考えなくてはいけない。


「……クライスさん、どうにかここから逃げる方法はありませんか?」

「あると思うかぁ?バッチリ目が合ってるんだぁ、あるなら俺の方が知りたいなぁ」


 やはり難しいようだ。

 今はディリティリーが動かないので助かっているが、もし動かれたら死を覚悟するしかない。


 基本、魔物という生き物は人間よりも優れた身体能力を持っているのだ。

 クライスさんならともかく、僕とミリーは抵抗すらできないだろう。


 だからこそ、相手が動く前に状況を打破できる行動をしなければならない。

 でも、肝心のその方法が思いつかない。


 ディリティリーと相対したままの状況が続くそんな中、クライスさんが視線を前に向けたまま言葉を発した。


「……クラ坊、一瞬でいい。あいつの気を逸らすことはできるかぁ?できるなら、視覚的に逸らせるといいんだが」

「……多分、できます」

「そうかぁ。なら、お前のタイミングでいい。あいつの気を逸らしてくれぇ。そしたら俺があいつに一撃入れるぅ。その間に逃げろぉ。できるだけ深く傷をつけるつもりだから、お前ら二人なら逃げ切れるはずだぁ」

「クライスさんは、どうするんですか?」

「……ディリティリーの知識があるなら、わかるだろぉ。俺は助からねぇよぉ」


 クライスさんは自分の命と引き換えに僕たちを逃すつもりだ。


 物語の主人公ならば、全員が助かる方法を考えるのかもしれない。

 思いつくのかもしれない。


 でも、僕の立ち位置は悪役だ。


 そしてそれ以前に一人の人間だ。


 だからそんな後先を考えない、綺麗事で、手に入る利益を捨てるようなことはしない。


 僕は、クライスさんを犠牲にしてでも生き残る。


 ミリーを連れて、この場から逃げる。


 でも、せめてディリティリーが現れた事実を伝え、クライスさんに報いることはしよう。


「……クライスさん、いきます」


 僕はクライスさんにそう声をかけ、マジックバックの中から小麦粉の入った袋を取り出す。

 袋の口を開けそのまま斜め前、ディリティリーの横へと向かって袋を思い切り投げた。


 放物線を描いて地面へと落下していく袋にディリティリーの視線が刺さる。

 そして、重力によって地面に勢いよく叩きつけられた袋の口からバッ、と小麦粉が舞い広がった。


 その瞬間、確実にディリティリーの意識は完全に小麦粉に集中していた。


 僕とクライスさんは真逆の方向へと走り出す。


「ミリーッ、立ってッ!走るよっ!」

「ラ、ラヴィッ!――ぁ」


 ミリーが小さく声をこぼした。


「あ、足に、力が入らない……!」


 まずい。

 ミリーは完全に腰が抜けてしまっている。


 どうする、無理矢理にでも立たせて走らせるか。

 いや、それではミリーを引きずることになってしまう。


 なら抱き上げて――それもだめだ。

 十歳の体にそんな力はない。

 そもそも体格差だってほとんどないんだ。


 まずい、本当にまずい。

 こんなにモタモタしていたらせっかくクライスさんが作ってくれた時間が無駄になってしまう。


 なんとか、なんとかしなければ。


 ぐるぐると考えが巡る頭の中。

 僕は無意識のうちに猶予を確認するために後ろへと視線を向けた。


「――ぇ」


 僕の視界に、その場に佇むクライスさんと、二つの首を失ったディリティリーの死体が映り込んだ。

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