2-5 依頼と魔物とトンカツと
三体のオークを誘き出し討伐した後、少し休んでから別の場所で道具を使ってさらに二体のオークを討伐した。
依頼書に記載してあった予想個体数に近しい数のオークを討伐し、尚且つ二度も道具を使ったのでこれ以上はいないだろうと言うクライスさんの判断でオークの討伐依頼は終了した。
オークの討伐依頼が終了したとなれば、次は本日のメインイベント。
そう、オーク肉のトンカツの調理である。
常日頃からいつでも料理ができるように、と道具と基本的な食材をマジックバックで持ち歩いており、保存食の代わりにと硬くなったパンをいくつか回収しておいたおかげで調理をすることができる。
でも、僕はオークの解体の仕方なんて知らないので、そこら辺は経験があるらしいクライスさんに丸投げ。
せっかくだからストックも作っておきたいので二回目に討伐した二体のオークを両方とも解体してもらう。
ちなみに一度目に討伐したオークの死体については持ち運ぶことが物理的に難しかったので放置してきた。
クライスさん曰く、森の中にいる獣が食べて綺麗にしてくれるだろう、とのことだ。
正直どうしたらいいのかわからなかったのでクライスさんの言葉に従ったが、それで何か言われたら遠慮なく全ての責任を押し付けるつもりだ。
しばらくして、近くにあった川でオークの解体をしていたクライスさんが戻ってきた。
料理をするなら川の近くがいいだろう、と言うことでオークの肉をマジックバックの中に収納してそのまま川の近くで調理をすることに。
マジックバックの中から調理に必要な道具や材料を取り出しているとミリーが僕の後ろからひょっこりと現れた。
「ラヴィ、私も何か手伝いたいわ!」
実を言うと、ミリーが僕の手伝いを申し出てくれるのはこれが初めてではない。
過去に料理ができるのを待っているのは暇、と言って僕を手伝ってくれて以降、何度も料理の手伝いをしてくれるようになったのだ。
なのでミリーも最低限の料理知識や技能を持っているので、手伝いに関しては安心して任せることができる。
今回はパン粉作りをお願いしよう。
「それじゃ、ミリーはこのパンを削って粉状にしてくれるかな?トンカツを作るのに大事な材料だから頑張ってね」
「わかったわ!」
元気よく返事をしたミリーは僕から道具と新人さんの作った硬くなったパンを受け取るとすぐに作業を開始した。
こういう素直なところもミリーは可愛い。
十分に癒された後で僕はくるりと後ろを振り返る。
「クライスさんはオークのロース肉をこの棒で叩いて柔らかくしてください」
「……俺もやるのかぁ?オークを倒した後で疲れてるんだがぁ?」
「当たり前でしょう?クライスさんだってトンカツ、食べるでしょう?ね?」
「……いや、でも――」
「ね?」
「……わかったよぉ」
うん、これでよし。
材料の下準備はこれで問題ない。
二人の作業が終わるまでの間に僕は油の準備だ。
そこら辺で拾ってきた適当な大きさの石を中央に空間ができるように配置して、その空間に木の枝を集める。
その上にマジックバックから取り出した少し大きめの鍋を置いて、木の枝に火をつける。
「我、求めるは"火"。形状は"無形、威力は"一"、範囲は"一"」
詠唱を唱えれば火を起こすのに適切な炎が指の先に現れる。
その炎をそのまま木の枝に近づけて少し待てば、あっという間に火を起こすことができる。
魔法というものは便利だ。
木屑で火種を作ってから木の枝に移すなんて面倒なことをせず、少し詠唱を唱えるだけで火をつけることができるのだから。
魔法の便利さを実感しつつ、追加で木の枝を放り込んで火力を上げる。
そして上の鍋に油を注いで適切な温度になるまでに卵と小麦粉の用意をする。
「そろそろいいかな?」
この世界には存在しなかったので自作した菜箸を油の中に入れれば細かい泡が大量に発生する。
ちょうどいい温度になった。
「ラヴィ、できたわ!」
「こっちもできたぜぇ、クラ坊」
「二人とも、ありがとうございます。ここに置いてください」
タイミングよく、二人に任せていた作業も完了したようだ。
さあ、早速揚げていこう。
適切なサイズにカットしたオークのロース肉に小麦粉、卵、パン粉を順番につけて、油の中にそっと入れる。
その作業を何度か繰り返して、あとはパチパチとはねる油の音を聞きながらタイミングを見計らうだけだ。
「ミリー、僕のマジックバックの中に柔らかいパンがあると思うから、適当な数取り出しておいてくれるかな?」
「わかったわ!いつもの料理が入ってる方よね!」
「うん、よろしくね。あと、トンカツだけだとクライスさんの胃が大変なことになると思うから、食材用のマジックバックからキャベツを取り出して千切りにしておいてください」
「うん?それはもしかして俺に言ってるのかぁ?」
「そうですよ。クライスさん以外に誰がいるんですか、揚げ物を食べて胃が大変なことになるの」
「……言っておくが、俺はまだ二十七だぁ」
マジか……。
てっきりクライスさんは三十半ばくらいだと思っていた。
まさか思っていたよりも五歳以上も若いとは……。
「……老け顔なんですね」
「うっせぇっ!」
「そう言いつつ、素直に行動してくれるあたりいい人ですね」
クライスさんと話している間にトンカツが美味しそうなきつね色になっていた。
油の中から取り出し、ある程度油をきってから食べやすい大きさにカットする。
それをそのままお皿に移し、クライスさんが用意してくれたキャベツの千切りを添えれば、オーク肉のトンカツの完成だ。
本当ならソースをかけて食べたいところだけど、ほとんど連れ去られるようにして出てきたのでソースを作れるほどの用意はない。
なので今回はそのままいただくとしよう。
「どうぞ召し上がってください」
「いただくわ!」
まず最初にミリーがトンカツにフォークを刺して口へと運んだ。
サクッ、と小気味いい音が聞こえた直後、ミリーの瞳がキラキラと輝く。
「美味しいわ!ラヴィっ、これすっごく美味しいわ!」
「それはよかった。おかわりもあるから好きなだけ食べて」
「ええっ!」
パクパクとすごい勢いでトンカツを口へと運んでいくミリー。
キャベツやパンには一切目もくれない。
一方でクライスさんはと言えば、何も言うことなく。
無言で、むしゃむしゃと、ガツガツと、両手にフォークを握ってトンカツを頬張っていた。
いつの間にかおかわりもしているし、頬がリスのように膨らんでいる。
おっさんがリスみたいに頬を膨らませている絵面は可愛くもなんともない。
だが、気に入ってくれていることはわかるので、よしとしよう。
僕もトンカツを一切れ口へと運ぶ。
噛むとサクッ、と衣が音をたて、それと同時に旨みの詰まった肉汁が口の中に溢れてくる。
前世の記憶がある僕からしたらソースがないと物足りないかも、と少し不安だったが全くそんなことはなかった。
というか前世で食べたどのトンカツよりも美味しい。
オーク肉を使ったのがよかったのだろうか。
肉はとても柔らかく、ジューシーな味わいでとても満足感が得られる。
気がつけば僕も二人と同じように夢中になってトンカツを口に運んでいた。
美味しいのもそうだけど、久しぶりに前世の日本の料理を食べたから無意識のうちに気持ちが昂っていたのかもしれない。
あっという間に、おかわりも含めてトンカツは無くなってしまった。
三人とも満足した表情でお腹をさすっている。
「ラヴィ、私、またトンカツが食べたいわ」
「そうだね。また今度作ろうか。次はソースとかをかけてみるともっと美味しいかもね」
そんな会話を交わしながらゆっくりしていると、
――クーコケッコロロー
というなんとも気の抜ける鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
今まで聞いたことのない鳴き声だったので、異世界特有の鳥なのかな。
だとしたら是非ともその姿を見てみたい。
「クライスさん、今の鳴き声ってなんの――」
自然と口の動きが止まってしまった。
普段、飄々として力の抜けた表情をしているクライスさんの顔が、とても険しい表情になっていたからだ。
スッと無言で立ち上がったクライスさんの片手にはバスタソードが握られている。
「ク、クライス?」
いつもと全く異なる様子にミリーが呼びかけるが、クライスさんは答えず、無言のまま僕たちに背を向けた。
その背中は、決死の覚悟が宿っているように僕の目には映った。
「逃げろぉ、お前らぁ。そして伝えろ――」
ガサガサと森の木々と地面に生えた雑草が揺らし、同時のその命を奪いながら一匹の魔物が姿を現した。
「――ディリティリーが現れたってぇ」
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