2-4 依頼と魔物とトンカツと

 クライスさんが受注したオーク討伐依頼、その受注書に記されたオークの目撃情報のあった王都のすぐ側の森に到着した。


 一見すると至って普通の森なのだが、このどこかにオークが巣を作り日中に森の中を徘徊していると言う。

 ……もしかしてこの広い森の中でオークを探すのだろうか。


「さぁて、それじゃあオークを誘き寄せる準備をするぜぇ」


 違った。

 探すのではなく誘き寄せるらしい。


 クライスさんが自分のマジックバッグの中から、木で作られた十センチ四方の立方体を取り出した。

 今の言葉からするにこれがオークを誘き寄せる道具なんだろうか。


「ねぇ、それ何?」

「これかぁ?これは火をつけるとオークが好む匂いの煙を発生させる道具だぁ。こいつを使ってオークを近くまで誘き寄せる」

「私、私が火をつけたい!」

「おお、いいぜぇ」


 キラキラと光り輝く目でクライスさんから道具を受け取るミリー。

 すごい楽しそうだ。


「いいかぁ、火をつけたらすぐに向こうの開いた場所に投げろよぉ。じゃないと煙の匂いが体についてオークに付き纏われるからなぁ」

「わかったわ!」


 道具を地面置き、枯れ草の束の前でミリーがクライスさんから受け取った火打石と打ちがねを打ちつける。

 何度か打ちつけるとボッ、と枯れ草に火が灯る。


「よし、火を道具に移せぇ。移したらすぐに向こうに投げろよぉ」


 ミリーが慎重に火を道具に移すと、少ししてもくもくと道具から煙が上がり始めた。



 それを見たミリーは右足を大きく振りかぶり、煙を上げる道具に向かって足を振り抜いた。



 手に持って投げるのではなく、足を使って蹴り飛ばした。

 なんて足癖の悪い子なんだろう。


 ほら、クライスさんもまさかの行動に驚いている。

 口がポカーンて開いてる。間抜けヅラ。


 だが、そこは腐っても冒険者。

 すぐに正気に戻ると僕たちに声をかけて道具から少し離れた位置の茂みに隠れる。


 このままオークが寄ってくるまで待機するようだ。

 オークが来るまで暇だし、少し気になったことを聞いてみようかな。


「クライスさん、あの道具から出てくるオークが好む匂いって具体的に何の匂いなんですか?」

「オークのメスのフェロモン、それも圧縮して何十倍にも濃くしたやつだぁ」

「フェ、フェロモン……圧縮……」


 クライスさんに口から出てきた単語にものすごく嫌な予感が漂ってくる。


 こう言っては少し失礼かもしれないが、冒険者という職業に就く人たちは何というか少し粗野というか、下品な部分がある。

 そしてそういった思考回路を用いて討伐依頼なんかで役立つ道具を作ったりするので、その効果や影響の面で時たまに品性に欠ける部分が現れることがある。


 なので、今回使った道具も効果は大きくても、どこかしらに下品な部分がある可能性があるのだ。

 クライスさんがニヤついた笑みを顔に浮かべた。


「オークの奴ら、てめぇのナニをブッ勃てた状態で寄ってくるんだぜぇ?そんでメスを探してナニをぶっ勃てたままの状態でキョロキョロするのがどれだけ笑えるか……っ!」


 残念ながら今回はその可能性を引き当てるだけでなく、その中でも殊更に下品な物を使ってしまったようだ。

 しかも使った人間も殊更にハズレな人間であったことが余計に最悪だ。


「おっ!噂をすりゃ、オークどものお出ましだぁ」


 僕はすぐさまミリーの背後に移動して両手を使ってその目を塞ぐ。


「ちょっとラヴィ!目を塞がれたら前が見えないわ!」

「ミリーはまだ見なくてもいい物だよ。と言うか見ないで。見るな」


 まだ十歳のミリーにあんなに巨大で禍々しいものを見せられるわけがない。

 と言うか僕が見せたくない。


 どうせならミリーには時が来るまで清らかなままでいてほしいのだ。

 絶対にクライスさんにような下品な人間にはさせない。


「クライスさん、さっさとオークを倒してください。ミリーがアレを目にしてしまう前に」

「ねぇっ!アレって何!?」

「さぁっ!早くっ!」


 クワッ、と言う効果音がつきそうな勢いで目が開いたのが自分でもよくわかる。

 目がすごい乾く。


 でも今の僕はそれほど必死なのだ。

 何としてでも、ミリーにナニを見せないために。


「お、おぉ……。わかったわかった。でも流石に三体を一人で相手するのはきついぜぇ?」

「私、魔法を使えるわ!攻撃魔法だって使えるのよ!だから手をどかして!」

「手はどかさないよ。でも僕が魔法を撃つ方向を指示してあげるから。それで我慢して。ね?」

「でも!」

「ね?」

「……わかったわ。もうそれでいいわよ……」

「そういうことなので」

「お、おう……。クラ坊、お前結構怖いのなぁ」


 そんな言葉をつぶやいたクライスさんは、マジックバックから取り出したバスターソードを片手にオークの方へと走っていく。


 クライスさんの接近に気がついたオークたちがそれぞれ襲いかかるが、体長二メートル越えの巨体通りの鈍重な動き。

 クライスさんはひょいひょいっ、と軽く避けるが、体重の乗った一撃は人間が受ければ大ダメージを受けるのは間違いなく、三体が同時に襲ってくると言うこともあって反撃には移れていない。


 クライスさんが反撃できるような隙を作るのが僕とミリーの仕事だ。


「ミリー、いつでも魔法を打てるように詠唱を済ませておいて。でも、森が燃えちゃうから火の魔法はダメだよ」

「わかったわ!」


 僕に目を塞がれた状態のまま、ミリーがすぅっと小さく息を吸い込む。

 そして詠唱を紡ぎ出す。


「我、求めるは"風"。形状は"刃"、威力は"二"、範囲は"三"」


 この世界の魔法の詠唱はよくある異世界ファンタジーのように呪文を唱えたり、厨二チックな技名を叫んだりすることはない。

 属性、形状、威力、範囲の四つをそれぞれ指定し、体内の魔力を使用すれば魔法は勝手に完成する。


 魔法は使用者の想像力に依存する部分が大きく、指定する四つの条件の中で属性と形状は特にそれが大きい。

 明確にイメージを持たなければ条件として成立することはないが、逆に明確なイメージを持つことができれば何でもできるのでその種類はほぼ無限と言ってもいい。


 威力と範囲については基本的に九段階存在し、それらの値によって威力と範囲を指定するのはもちろん、魔法そのもののランク付けにも使われる。

 一から三は下級魔法、四から六は中級魔法、七から九は上級魔法、と言った感じだ。


 これに加え、十という値があるにはあるのだが使うには非常に特殊な条件が必要なので今回は割愛しよう。

 あと、ついでに言っておくと今回のミリーの魔法は、三メートル四方の範囲に風の刃を飛ばして対象にかすり傷を負わせるものだったりする。


 でも結局は想像力がものを言うので、あまり参考にはならない。


「ラヴィ、いつでも撃てるわよ!」

「わかった。クライスさん!魔法を撃ちます!離れて!」


 声を張り上げてオークの攻撃から逃げ回っていたクライスさんに魔法の準備ができたことを告げる。

 クライスさんはすぐにオークの近くから離脱し、オークとの間に距離を取った。


 オークたちは急に大きな声を出して現れた僕たちの方に向かうか、クライスさんを追うかで迷い一瞬動きが止まる。

 そこが狙い目だ。


 ミリーの目を塞いだまま立ち上がり、彼女の体を両足で挟み込む。

 両足にぐっと力を入れて、右足を軸にしてミリーの体ごと回転すれば彼女の前方にオークたちが収まる。


「ミリー、撃って!」

「わかったわ!えいっ!」


 可愛らしい掛け声と共にいくつもの風の刃がオークたちめがけて飛んでいく。

 風の刃は範囲内にいたオークたちの全身を薄く切り裂き、その中のいくつかが運よく二体のオークの目に当たりその視界を狭める。


 魔法が収まったがオークたちは全身の切り傷や狭くなった視界のせいですぐには動き出せない。

 そこへクライスさんが飛び込む。


「オラァッ!死にさらせぇっ!」


 乱暴な言葉と共にクライスさんがバスターソードをオーク目掛けて振り下ろす。


 スパンッ、と一体のオークの首が切り落とされる。

 続けて二体めの首が落とされ、狭くなった視界の中何とか反撃しようとした三体目もあっさりと攻撃をかわされ、胸を貫かれて動かなくなった。


 道具に誘き出されたオークは全て討伐された。

 オークが絶命したことでイキり勃っていたナニもおとなしくなっていたので、ミリーの目を塞いでいた両手を外す。


 やっと自由になった視界に映り込んできたオークの死体にミリーは大はしゃぎだ。

 クライスさんは手に持ったバスターソードとオークの死体の間で、視線を行ったり来たりさせながら何故か首を傾げている。


 この森にあとどれくらいオークがいるのかは知らないが、ひとまず討伐成功だ。

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