2-2 依頼と魔物とトンカツと

 ミリーの本日の希望はお肉だった。

 高級料理に出てくるようなおしゃれな盛り付けのお肉ではなく、ステーキとかの割とガッツリ系のものが食べたいらしい。


 お小遣いをコツコツ貯めて買った食材専用のマジックバックを確認してみたが、生憎今はミリーの希望に添えるような食材がなかった。

 なので料理長から食材を分けてもらおうと思って厨房に来たのだが、料理長は取り込み中のようだった。


 料理人の格好をした若い男の人と話をしている。

 僕の知らない顔だから多分、新しく入った人かな。


「クラヴィス様、いらっしゃってたんですね。すいません、気づかなくて」

「あ、レインさん」


 入り口付近で料理長たちの様子を見ていると、厨房にいた料理人の一人――レインさんが声をかけてきた。

 

 この四年間かなりの頻度で厨房に訪れて料理をしていたので、自然と料理人のみんなと仲良くなったのだが、その中でもレインさんは僕と味の好みが似ていたので特に仲が良い。

 こうしてレインさんの方から声をかけてきてくれるくらいには気安い関係だ。


「ミリアーネ様もいらしゃってたんですね。ようこそお越しくださいました」

「今日もお世話になるわ」

「はい。と言ってもミリアーネ様の食事を作るのはクラヴィス様なんですけどね」


 レインさんの言葉に軽く笑いが溢れる。

 僕の婚約者とも仲良くしてくれて嬉しい限りだ。


 それはそれとして。

 やっぱり料理長と新人さんの会話が気になる。


「あの、レインさん。あそこで料理長と話しているのって、新しく入った人ですか?」

「ええ。つい数週間前に二人ほど家庭の事情で辞めてしまったので。ご当主様に頼んで新しく雇ってもらったんです」

「なるほど。それで今は何を話しているんですか?なんか、新人さんすごい凹んでますけど」


 ここから見てもわかるくらいには表情が暗い。

 ちょっと心配になるくらいだ。


「あ〜、そうですね……。う〜ん、どうしようかな……」


 珍しい。

 レインさんは普段ハキハキと喋る人なので、こうして歯切れが悪い姿は滅多に見ない。


 新人さんは何か相当まずいことをやらかしたのだろうか。


「……クラヴィス様、こちらへどうぞ。多分、見てもらった方が早いと思います」


 うんうんと悩んだ挙句、少し苦笑いを浮かべたレインさんに案内されるまま厨房の奥に進む。

 案内された先にはすでに配膳できるよう籠に入れられたパンがある。


 このパンがどうかしたのだろうか。

 僕がそう思った直後、ひゅっと後ろから手が伸びてきて籠の中のパンを一つ持って行った。


「いただきっ!――ッ!?――ッ!?」

「見ての通り、カチカチに固くなってるんです」

「あぁ、なるほど。何となく理解しました」


 レインさんの歯切れが悪かった様子からして、多分このパンは僕たちの昼食用にと焼かれたものなんだろう。

 でも、あの新人さんが何か工程を間違えてしまって、とても食べられないようなカチカチのパンができてしまった、ということだろう。

 その硬さはクライスさんが保障してくれているし。


 うん。そりゃ、新人さんも凹むわけだ。

 発酵とかの時間を考えると、今からじゃ作り直しても間に合いそうにないし。


「は、歯が……歯が痛ぇ……。なんかグラグラする……」

「レインさん、新人さんに気にしなくて良いよ、って伝えてもらえますか?パンは買いに行けばどうにかなるでしょうし、このパンは使い道がありそうですから」


 これだけ硬いのならばすりおろし器にかけることができるだろうし、パン粉が作れる。

 それで肉を使った揚げ物でも作ればミリーの希望にそうことができるだろう。


「わかりました。それで、そのパンを使って何か作るんですよね?その時そばで見せてもらってもいいですか?」

「えぇ、もちろんです」

「ありがとうございます。では」

「誰か俺の心配くらいしてくれよぉ……」


 レインさんはにこやかな笑みを浮かべて去って行った。


 さて、これでパン粉を作って揚げ物をすることは決まったが何を作ろうかな。

 肉の揚げ物となると色々と種類がある。


 唐揚げ、竜田揚げ、チキン南蛮、メンチカツ、エトセトラエトセトラ……。

 これらも一工夫加えるだけで無限と言っていいほどにレシピの数が増える。

 う〜ん、悩みどころだなぁ。


 ……そういえば、こっちに来てからまだ揚げ物ってしたことなかったなぁ。

 今回が異世界で初めての揚げ物ってことになるのか……。


 どうせなら異世界特有の食材を使ってみたい……。


「……ねぇ、クライスさん。食べることができる魔物って何がいます?できればこの王都近郊にいる魔物で」


 みんなから無視され続け、若干涙目になりつつあったクライスさん。

 僕の問いかけにこれ以上ないほどわかりやすく、嬉しそうに顔を輝かせた。


 うん、おっさんのその表情は見たくなかった。

 

「食べられる魔物かぁ?そうだなぁ、王都近郊でって言ったら昆虫型――」

「虫は嫌いよ」


 ミリーの鋭い眼光がクライスさんに向けられる。


「――やっぱ有名どころはオークだなぁ!あいつら知能が高いから自分たちの食糧である植物や木の実を取る時、基本的に状態や質のいいものしか取らないし、肉に関しても健康そうな動物を狩って食べるから超健康!食糧調達のために結構動くからいい感じに肉が引き締まってて脂がつきすぎてることもない!味に関しても豚肉に似てるから最高だしなぁ!」


 十歳の少女の眼光に負け、聞いてもいない解説をペラペラと喋る実力のある冒険者(笑)。


 まぁ、でも解説については助かった。

 僕の中で一つのメニューが浮かび上がってくる。


 でも、婚約者様にお伺いを立てないと決定とはいかないかなぁ。


「ミリー、今回はオークの肉を使おうと思うんだけど、どうかな?厨房には置いてないからお昼がちょっと遅くなるかもしれないけど」

「いいわよ、それくらい構わないわ。でも、その分期待してるわよ、ラヴィ?」

「わかった。頑張るよ」


 うん、婚約者様の許可も出たことだし今日のメニューが決定した。



 オーク肉のトンカツだ。

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