2-1 依頼と魔物とトンカツと

 庭に植えられた木には青々とした葉っぱが茂り、日に日に太陽から降り注ぐ熱が勢いを増し始める初夏。

 雲ひとつない青空の下で、僕は木剣を振っていた。


「剣先がぶれてるぜぇ。もっと力を込めて持てよぉ」

「はいっ」


 汗を垂れ流しながら木剣を振り続ける僕の横で、どこから持ってきたのかパラソルとソファを設置してくつろいでる男がいる。

 その男は貴族や騎士というにはあまりにも品がなく、粗野で自由な印象を受ける。


 ほら、今だってメイナにちょっかいをかけようとしてすごい睨まれてる。

 ハハッ、滑稽なり。


「おい、クラ坊。お前、今俺のこと馬鹿にしなかったかぁ?」

「……何のことだか。それよりも僕は木剣を振るのに忙しいので話しかけないでください」


 この男、普段はひたすらだらけていて隙だらけなのに、こう言う時だけやけに鋭いのがめんどくさい。


「おい、今すげぇめんどくさそうな顔しなかったかぁ?」


 しまった。顔に出ていたか。


「ハハッ、何のことでしょう?」

「誤魔化そうたってそうはいかねぇ。今日こそはきっち――」


 男の言葉は最後まで続くことなく、途中で遮られてしまった。


 僕の婚約者の登場によって。


「ラヴィッ!私が来たわよ!」

「――!ミリー、いらっしゃい」


 チンピラムーブをかましてきていた男を押し除け、僕に突撃するようにして抱きついてきたミリアーネ・レーソン。

 初めて出会った六歳の時に比べると素直に感情を出してくれるようになったし、随分と可愛らしく成長して会うたび毎回ついつい見惚れてしまう。


 決して、僕がロリコンと言うわけではない。

 婚約者が可愛いのは仕方がないだろう。

 年齢は関係なく。


 まぁ、とにかく何が言いたいのかと言えば、僕の六歳の誕生日から四年と少しの時が流れた。



==========



 この四年と少しの間に色々とあったが特に大きな出来事は三つくらいだろうか。


 一つ目に六歳の誕生日を迎えた後日、貴族としての学習が始まった。

 学習と言っても、前世の小学校で習うような基本的知識を家庭教師を呼んで学習したり、異世界ファンタジーにはお馴染みの剣術と魔法を習ったくらいのものだが。

 

 まぁ、強いて言うのなら本来剣術はそれぞれの家に仕える騎士に習うのだが、僕の場合はわざわざ実力のある冒険者をお金で雇って教えてもらっていることだろうか。

 何となく騎士の使う品行方正な剣術は使い物にならないように感じたのだ。


 おかげで僕が望むような剣術を習うことができている。

 ただ、一つ問題を挙げるとするのなら、その雇った冒険者――クライスが仕事中もだらけるような怠惰な男であると言うことだろうか。


「おい、嬢ちゃん。嬢ちゃんに押されたせいで俺は顔面を思い切り地面にぶつけたんだがぁ?」

「あら、そう。医務室はあっちよ。ただでさえ酷い顔がさらにひどくなるわよ?」

「こ、このガキィッ……!」


 あとはちょくちょく出てくるチンピラムーブ。

 これに関してもクライスは一線を超えないし、よく僕の婚約者に言い負かされているので特に問題はない。


 さて、次に二つ目だがこれは言うまでもないだろう。

 そう、僕の婚約者ミリアーネ・レーソンの変化だ。


 僕の六歳の誕生パーティーをきっかけに、蒸しパンのような僕の作った料理を求めて月に三回ほどのペースで訪れる彼女と接するうちに仲が深まった。

 今では「チェンジ」なんて言葉は間違っても出てこないし、お互いに愛称で呼び合う。先ほどのようなスキンシップをしてくれることもしばしば。


 先ほどのようにわかりやすく感情を出してくれることもあるけど、基本的にはツンデレ気味なのが最高。

 僕はとても可愛い子と婚約者の関係になれたのだ。

 成長が楽しみだなぁ……ぐふっ。


「おい、おい嬢ちゃん。見てみろクラ坊がすげぇ下品な顔してるぜぇ」

「……?どこがよ。いつも通りの顔じゃない」

「クラインさん、そんなことをしてると友達がいなくなりますよ?」

「お、俺の目がおかしかったのかぁ?今、絶対に――」


 人を貶めようとする性格の悪い人は放っておいて。


 最後、三つ目だ。

 これもミリー関連なのだけれど何と言うか、まぁ、僕の婚約者も悪役キャラでした。


 ここ四年の間でミリーは心身ともにぐっと成長したのだが、その姿を見て僕の脳にビビッときた。

 そう言えば、主人公の成長イベント用に悪役のクラヴィスが存在するのと同じように、ヒロインの成長イベント用にも別の悪役がいたな、と。

 その悪役がミリーだったな、と。


 名前を聞いた時点で思い出せよ、とは思うものの――


「どうかしたの?」

「いや、何でもないよ」


 ――この可愛さの前にはどぉうでもいい。


 僕は悪役で、婚約者も悪役。

 素敵な悪役カップルである。

 

 近い将来、悪役として悪事に手を染めるのかもしれないけれど、今考えることではない。

 それに少なからず僕の影響を受けているので、多分未来は変わっているだろうし。


 今は僕のお姫様にランチのご希望を聞くことにしよう。


「ミリー、今日のランチは何が食べたい?」


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る