1-3 転生と令嬢と蒸しパン

 気がつけば父親が始まりの挨拶を終えており、僕は父親と並んで代わる代わる挨拶にやってくる招待客への対応をしていた。


「ヘンレス侯爵、この度はご子息のお誕生日おめでとうございます」

「こちらこそ、息子のパーティーに訪れていただいて感謝する」

「いえいえ。侯爵からの招待であれば何よりも優先して応じますとも。……それで、その、一つお聞きしても?」


 声を気まずそうにして、だが聞かずにはいられないと言った様子の貴族。

 父親も何度も同じことを聞かれ続けていて、いい加減に言葉の先を理解したのだろう。苦笑いが顔に浮かび上がる。


「ご子息は、クラヴィスくんは何かあったのでしょうか?」

「……できれば、気にしないでやってくれ。婚約者に少しキツイ物言いをされたようでな……」

「ああ、なるほど……。レーソン伯爵のところのミリアーネ嬢ですか……」


 多分、同情気味に言葉を口にする貴族の目には死んだような、沈んでいるような、とても六歳児がするのには相応しくない表情と目をした僕の姿が映っているのだろう。

 婚約者に「……チェンジってできるのかしら?」とボソッとつぶやかれ、心に多大なダメージを負った僕の姿が。


 いや、僕だって想定してはいたんだよ。

 チェンジって言われたらどうしよう、くらいのものだったが。

 それでも言われるかもしれないって思ってたんだ。



 でも、想定以上のショックだった。



 僕、前世の記憶も合わせたらミリアーネ嬢より十五歳以上は年上なのに……。

 しかも、チェンジって言われた直後にミリアーネ嬢はどこかに行ってしまったし。

 あ、そう思ったら自分が情けなくなって涙が……。


 ……ちょっと一人になりたい。


「……あの、父上。少し、庭園を歩いてきてもいいでしょうか……?このままだとせっかくのパーティーも楽しめそうにないので……」

「う、うむ。気分を変えてくるといい。流石にその状態のままは辛いだろうしな」

「ありがとうございます……」


 同情するような、心配しているような、そんな目を向けてくる父親に背を向けてパーティー会場の外へと足を向け、ふらついた足取りで会場を後にする。

 侯爵家とは言え、誰も通らない廊下にも灯りを灯すようなことはしないので真っ暗な廊下を進み、屋敷の裏手に設置された庭園に足を踏み入れる。


 専属の庭師を数人雇って管理させている庭園は季節を問わず一年中様々な花が咲いており、見る者の目を楽しませると同時に安らぎも与えてくれる。


 僕もその安らぎを求め、いまだふらつく足取りで庭園の中心辺りに設置されたガゼボに向かった。


 ……先客がいた。

 しかも、僕がここに来る理由になった人物だ。


「ミ、ミリアーネ嬢……」

「あ、さっきのナヨナヨしてたヤツ」

「ぐふっ」


 ナヨナヨ……。

 僕、そんなにナヨナヨしているように見えるかな。


 精神的なダメージがどんどん蓄積していく。

 だが、僕は精神的な年齢がミリアーネ嬢よりいくつも上だ。

 だからそんな様子を表に出さないようにしつつ、彼女に言葉を投げかける。


「き、奇遇ですね。ミリアーネ嬢はどうしてこちらに?」

「退屈だったから」

「な、なるほど……。では、料理の方は口にしましたか?今日の料理はウチの厨房の人たちが腕によりをかけて作ってくれた料理なんです」

「食べてない」


 即答。

 僕の言葉に間髪入れず言葉を返してきた。

 ミリアーネ嬢は言葉を続ける。


「パーティーのご飯は飽きたわ。いつも食べるご飯も飽きた」

「飽きた、ですか……?」

「……いつも食べるご飯も、パーティーで出てくるご飯も、あったかいのに冷たい。どれも同じ味がする。だから飽きたの」


 どうやらミリアーネ嬢は人間の持つ五感のうちのどれでもない、独特な感覚と言うか感性のようなものを持っているようだ。


 料理自体は温かいのに、冷たく感じる。

 多分、精神的なところによるものじゃないだろうか。


 料理人たちが作った料理は完成度を最優先にしたもので、感情や思い、愛情と言った温かみがない、という感じの。

 前世でそういう話を聞いたことがある。


 確か、そういう時の対処法は――


 

 ――くぅ



「……」

「……」


 料理に飽きても、お腹は減るものだ。


 僕は礼服の内側に手を入れ、何か美味しい料理があったらこっそり部屋に持って帰ろう、と考えて持ってきていたマジックバックを取り出す。

 かなり卑しい理由で持ってきていたが、実際には行動に移してないし、こうして役に立つのだからセーフだろう。


 誰に聞かせるわけでもなく言い訳を並べながらマジックバックの中から今日作ったばかりのチョコ蒸しパンを取り出す。

 出来上がってからそう時間が経たないうちに入れたので、取り出した瞬間にふわりと甘い香りが広がる。


「ミリアーネ嬢、よかったらお一ついかがですか?僕が作ったものなので、いつもの料理とは違うと思いますよ?」

「……変なもの入ってない?」

「入ってませんよ。強いていうならチョコが入っています」

「……もらうわ」


 僕が差し出したお皿から一切れ手に取り、じっと見つめるミリアーネ嬢。

 パクリ、と蒸しパンに噛みついた。


「――っ!」


 蒸しパンを口に入れた途端目を輝かせ、夢中で残りのパンを頬張るミリアーネ嬢。

 どうやらお気に召していただけたようだ。


「ぁ……」


 自分の手の中から蒸しパンが消えたことに気がついたミリアーネ嬢が声を漏らす。

 そしてじぃっ、と僕を見つめてくる。

 いや、正確には僕が手に持つ残りの蒸しパンを、だ。


「残り、全部食べていいですよ」


 そう言った直後、僕の手の中からお皿が消え、ミリアーネ嬢がお皿を抱えて夢中で蒸しパンを頬張っていた。

 リスみたい。


「ぷはぁ……」


 残っていた蒸しパンを食べ切り、ミリアーネ嬢が満足そうな息を吐く。

 そして側に立つ僕にチラリと視線を向けてきた。


「……ねぇ、これ、また作れる?」

「ええ、作れますよ。これ以外にも色々作れます」

「そう。……なら、私の婚約者として認めてあげるわ」

「…………ありがとうございます」


 上から目線なのがちょっと気になったが、相手は僕と違って正真正銘の六歳児だ。

 落ち着け、僕。


「それじゃあ、一緒に会場に戻りませんか?婚約者として、ミリアーネ嬢をエスコートさせてください」

「いいわ。私をエスコートしなさい!」


 出会ってから初めて笑顔を見せてくれたミリアーネ嬢と手を繋いで会場に戻ると、父親とレーソン伯爵にすごい驚かれた。

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