1-2 転生と令嬢と蒸しパン
メイナと一緒に勉強をしたり遊んだりして暇を潰していると、やがて空高く昇っていた太陽が西へ西へと傾き始め、気がつけば窓の外は綺麗なオレンジ色に包まれていた。
部屋の外に耳を傾ければ忙しそうに移動する使用人たちの足音が聞こえ、外からは馬車の車輪がレンガの敷かれた庭を走る音が聞こえる。
窓から覗いてみればいかにも貴族然とした格好の男性と僕と同じくらいの歳の少女が馬車から降りているのが視界に入る。
多分、僕の誕生パーティーに招待された人たちだろう。
招待客が集まり始めたということは僕も準備をしなければいけない。
そう思った直後、できる専属メイドのメイナが声をかけてくる。
「クラヴィス様、そろそろご準備を始めましょう」
「うん、わかったよ」
メイナに促されて大きな鏡の前に移動すると、スルスルときている服を脱がされる
あっという間に下着だけになった僕の姿に、鏡に映るメイナの目が若干熱っぽくなった気がしたが多分気のせいだろう。
すぐにパーティーや式典などの時に着る礼服を着せてもらい、髪も軽くセットしてもらう。
うん、六歳児ながらにそこそこいい感じになっている。
「よくお似合いです」
「ありがとうメイナ」
コンコンコン、と僕が着替え終わるのを見計ったようなタイミングで扉がノックされた。
「入ってもいいだろうか?」
「はい、どうぞ」
渋い声に返事を返すと扉が開き、ダンディな見た目の中年男性――僕の父親が部屋に入ってくる。
父親は僕の姿を視界に捉えると、パッと表情を明るくした。
「おお、クラヴィス。随分と様になっているな。かっこいいぞ」
「ありがとうございます、父上。父上もダンディでかっこいいですよ」
「はっはっはっ。クラヴィスも口が上手くなったな」
朗らかな笑みを浮かべ、セットした髪を崩さないようにと頭の代わりに肩をポンポンと叩いてくる父親。
ガウベル・ヘンレス。
僕の今世での父親であり、現ヘンレス侯爵家の当主だ。
見た目はダンディ、性格は朗らかで明るく人あたりもいい。
そのため貴族の婦人たちから人気らしいが、娶っているのは僕の母親だけという一途さ。
そして誠実でもあるので、この国の財政に関する要職に就いている。
こんなにいい人を父親にもっているのに何故、クラヴィスは悪役の道に進んでしまったのか、実に疑問だ。
でもとりあえずは、その疑問は脇に避けておいて。
父親が僕の部屋に来たということは、そろそろパーティー会場に移動するのだろう。
確か僕と父親は一緒に会場に入場してそのまま挨拶をする、と前もって聞いていた。
その時に婚約者の発表もすると。
「父上、そろそろ会場に移動しますか?」
「そうだな。そろそろ移動しようか。お前の誕生日を祝いに来てくれた皆も待ち侘びているだろうからな」
そう言った父親と一緒に並んで歩き出し、パーティー会場までの廊下を進む。
その途中、父親が少しだけ申し訳なさそうな感情を滲ませた声で僕に話しかけてきた。
「クラヴィス」
「はい、父上」
「今日発表するお前の婚約者のことなんだがな。何というか、少し、気の強い子でな」
「気が強い、ですか?」
「もしかしたら、少しキツイ物言いをされることがあるかもしれん。だが、根は良い子なのは確かなのだ。だから、少しだけ我慢して話をしてみてくれ」
「わかりました」
気が強い、か。
大抵のことであれば穏やかに受け止める父親が言いづらそうにする"気の強い"令嬢。
う〜ん、ちょっとだけ不安が湧いてきたなぁ。
どうしよう。顔が気に入らないからチェンジ、とか言われたりしたら。
しばらく立ち直れない気がする。
と、そんなことを考えながらも足を進めていると、気がつけば会場の入り口付近に到着していた。
「ヘンレス侯爵」
「おお、レーソン伯爵。待たせてしまったかな?」
会場の入り口付近で待機していたらしい父親よりも少し若く見える男性が声をかけてきた。
わざわざ入り口付近で父親を待っていたところを見ると、それなりに仲のいい友人なのだろうか。
……いや、違う。
これは友人ではないな。
レーソン伯爵と呼ばれた男性、その足にピッタリと寄り添うようにして一人の女の子の姿が目に入った。
青みがかった銀髪にキッと吊り上がった青色の瞳、そして髪と瞳の色に合わせた色合いのドレス。
どことなくレーソン伯爵に似ている顔立ち。
婚約者を発表すると言われた誕生パーティーで、会場に入らずに入り口付近で娘を連れて僕と父親を待つ貴族。
そしてすでに知り合いであることがわかる砕けている会話の仕方。
「クラヴィス、こちらはレーソン伯爵」
「ハイネル・レーソンです。クラヴィスくん、これからどうぞよろしく」
「あ、はい。クラヴィス・ヘンレスです。よろしく、お願いします」
レーソン伯爵のよろしく、という言葉。
この場だけでなく、"これから先も長く"という意味が込められているような響きだった。
「そして、こちらがお前の婚約者――ミリアーネ嬢だ」
ああ、やっぱりか。
てっきり会場に入ってから顔合わせをすると思っていたから心の準備が――
「なんか、ナヨナヨしてるわね。……チェンジってできるのかしら?」
父親たちに聞こえないような声量で最後にボソッとつぶやかれた言葉に、僕の心は多大なダメージを受けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます