悪役に転生したけど趣味の料理を楽しんでいたら、悪役令嬢やヒロイン、主人公を餌付けしちゃいました
猫魔怠
1-1 転生と令嬢と蒸しパン
どうやら悪役に転生してしまったらしい。
ヘンレス侯爵家の長男、クラヴィス・ヘンレスとして生を受け、六度目の誕生日を迎えた当日の朝。
目を覚まして最初に思ったことがそれだった。
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題名は何だったか。
記憶が曖昧で覚えていないが、クラヴィスという自分の名前がとある学園ファンタジーモノのゲームに登場する悪役のものであることは理解していた。
確か主人公と対立して様々な嫌がらせや主人公に対する妨害行為を行い、最終的に貴族から平民まで地位を落とすことになるんだったか。
典型的な悪役だ。
そうはなりたくないものだ、と心の底から思う。
まぁ主人公と同じ学園に通うことは貴族の義務とされていて避けることができないとしても、必要以上に関わらなければ特に問題は起こらないはずだ。
でも一つ懸念点があるとするのなら、こういった展開の場合は大抵こちらの意思に関係なく主人公と関わることになってしまう、ということだが。それはその時に考えるとしよう。
主人公と関わることになるにしても、ならないにしても、ゲーム本番は十年後、僕が十六歳になった時なのだから。
それまではこの恵まれた侯爵家の子供という立場を謳歌しよう。うん。
大まかにゲーム内容への対策方針を決め終わると、ベッドの上に寝かしたままにしていた体を起こす。
すっかり頭の片隅に追いやっていたが今日は六歳の誕生日だ。
侯爵家ともなれば大々的にパーティーを行うし、僕の場合は今日のパーティーで婚約者との顔合わせと発表をすると父親から聞いている。
なので正直に言ってあまり時間的余裕はない。
転生した時にこの六年間の記憶が消えず、前世の記憶と合成された形で助かった。
もし消えていたら今日は地獄のような日になっていたことだろう。
具体的にはパーティーでの挨拶や礼儀、ダンスなんかだ。
と、そんなことを考えていると部屋の扉が控えめにノックされ、一人のメイドが部屋に入ってきた。
「クラヴィス様、失礼致します。おや、もうお目覚めでしたか。返事も聞かずに部屋に入ってしまい、申し訳ございません」
「別に構わないよ。いつもならこの時間は寝てるんだし。それよりも着替え手伝ってもらってもいいかな?」
「かしこまりました」
クローゼットから僕の服を取り出して着替えを手伝ってくれている彼女はメイナ。
僕の専属メイドという立場の十八歳の少女だ。
とある男爵家の四女として生まれ、十六歳の時にヘンレス侯爵家でメイドとして働き始めた。
専属メイドになったのは去年のことで僕の父親からの指名だったらしい。
つい昨日まではそれに関して何とも思わなかったが、前世の記憶を持ち合わせた今ならば何となくメイナが選ばれた理由がわかる。
多分、将来的に僕の性に関しての教育をさせるつもりなのだろう。
年は離れているが僕が性に興味を持つであろう年頃の時でも肉体的に若く、尚且つ幼少の頃から専属にすることで抵抗感を少なくしておく、と言ったところだろうか。
貴族とはなんて贅沢で最高な地位なのだろう。
貴族に転生できて幸せだ。
前世の記憶を得た今、性の目覚めはそれなりに早くなっているだろうし、その日はそう遠くないうちに来ることだろう。
今から待ち遠しい。
「クラヴィス様、お着替えが終わりました」
「ああ、うん。ありがとうメイナ」
気がついたらすでに着替えが終わっていた。
さてさて気を引き締めないとな。
これから忙しくなるぞ。
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全然そんなことなかった。
そうだね。
少し考えればわかるよね。
六歳児、それも貴族の子供であれば誕生日はただ無邪気に幸せを謳歌しているだけでいいんだよ。
やることなんて食事を取ることと、今日のパーティーで出す予定のケーキの味見くらいだ。
暇になってしまった僕は自室でベッドに倒れ込みボケーっとする。
「……そういえば」
前世ではこうして暇になった時には料理をして暇を潰していたな。
前世は健全なホワイト企業に勤める独身で恋人もいなかったので、これと言って予定のない休日はしょっちゅう暇になっていた。
そういう時には家に置いてある料理本やネットでレシピを調べて料理を作っていたのだ。
食べることが好きなのはもちろん、レシピに載っている写真に近い形で完成させたり望み通りの味を出せた時の達成感が好きだったのだ。
貴族という立場ではあるが、今世でも趣味としてやってみたい。
と言うかやりたい。
考えたら今すぐにでもやりたくなってきた。
思い立ったら即行動。
部屋の隅に控えていたメイナを連れて早速厨房に向かう。
やたらと長い廊下ですれ違う使用人たちに頭を下げられながら厨房にたどり着くと、ちょっと僕が入っていくのには気後れしてしまう状況が目に入ってきた。
端的に言えば、すごく忙しそうなのだ。
厨房のどこにもゆっくりと休憩をとっているような人はいないし、フライパンや鍋は絶え間なく振られ、様々な料理の香りが漂い続けている。
とても六歳児が料理をしたいから厨房を貸してくれ、と言えるような状況ではなかった。
「クラヴィス様、如何致しましたか?」
「あぁ、いや、うん。とても僕が厨房を貸してもらえるような状況じゃないな、と思って……」
「そうですね。ちなみにクラヴィス様が作りたいものはどの程度の時間がかかるのでしょうか?」
「そうだなぁ……メイナが手伝ってくれるなら十分もあればできるかな?」
「それなら問題ないでしょう。少々お待ちください」
そう言って厨房の入り口付近から中の方へと声をかけるメイナ。
すると頭をスキンヘッドにした壮年の男が歩いてくる。うちの厨房を取り仕切っている料理長だ。
顔は少し怖いが物腰柔らかで落ち着いているので、使用人たちの中でもかなり人気だとか。
そんな料理長は二言三言メイナと話すと、僕の方まで歩いてきてしゃがんで目線を合わせてくれる。
「坊ちゃん、料理をしたいって聞きましたけど何を作りたいんですか?」
「えっと、本を読んでて見つけた簡単なお菓子を作ってみたいなって」
料理をしたことのない六歳児が急に料理を作りたいなんて言ったら不自然かと思い、本から見つけたレシピ、と言うことにしてある。
実際は前世の記憶の中にあったレシピなのだが。
ちなみに、メイナにも同じように説明してある。
「そうですか。それはメイドの手伝いがあれば作れますか?」
「うん、大丈夫」
「わかりました。それじゃあ、材料を持ってくるんで何がどれくらい欲しいのか教えてもらえますか?」
記憶の中のレシピを思い出しつつ材料とその分量を伝え、持ってきてもらった材料を前にふんすっ、と気持ちが高鳴って鼻息が荒くなってしまう。
「可愛い……」
「メイナ、どうかした?」
「いえ、何でもございません」
「そう?それなら、早速始めようか」
今回、僕が作ろうと思っているのは簡単なチョコ蒸しパンだ。
料理長に用意してもらったのは卵、砂糖、牛乳、サラダ油、ココアパウダー、チョコレートそして小麦粉、重曹、塩だ。
本来はホットケーキミックスを使うのだがファンタジーなこの世界にそんなものはないので、小麦粉と砂糖、重曹、塩をうまく混ぜ合わせてそれっぽくするつもりだ。
まずはボウルに卵を割り入れて軽くほぐして黄身と白身を混ぜ合わせる。
そこに分量を測った砂糖と牛乳、サラダ油を入れてよくかき混ぜる。
確かこれを初めて作った時は白砂糖ではなくて黒砂糖を使ったせいで色がどす黒くなって完成品に不安が出たんだよなぁ。
いやぁ、懐かしい。
前世の記憶を思い返しながら今混ぜたものを横にどかし、次はホットケーキミックスもどきを作る。
小麦粉を多めに、そこに砂糖と重曹、ひとつまみの塩を加えて軽く混ぜる。
あっという間にホットケーキミックスもどきは完成だ。
あとはこのホットケーキミックスとココアパウダーの分量を図り、ふるいにかけながら先ほどのボウルに加える。
秤が僕が使ったことのない形のものだったので計量はメイナに任せて、その流れでふるいにかけるのもメイナがやってくれた。
そして粉を加えたものを混ぜていけばココアパウダーによって色づいた蒸しパンの生地が完成する。
それを半分ほど耐熱性のある器に注ぎ三十秒ほど加熱する。
「メイナ、お願い」
「かしこまりました」
蒸しパンと言ってはいるが、これはどちらかというと蒸しパン風のお菓子だ。
なのでオーブンを使うのだが、この世界のオーブンの扱いは秤同様に知らないのでメイナに任せる。
そうして少しだけ固まった生地に小さく割ったチョコレートを入れ、残りの生地を加えて二分程度加熱する。
これで僕の作りたかったチョコ蒸しパンの完成だ。
ふわりと蒸しパンの甘い香りが漂ってくる。
「こりゃあ、すごい。たった十分程度でここまで美味そうなものを作るとは」
蒸しパンの匂いを嗅いでやってきたらしい料理長が感心したように声を漏らす。
あんた、今忙しいんじゃないの?とは思いつつも言葉には出さず、せっかくなので蒸しパンを勧めてみる。
「よかったら食べてみてよ。味の感想を聞いてみたい」
「そうですか?なら一切れいただきます」
「メイナも食べてよ。感想も聞きたいけど、日頃の感謝も込めて食べて欲しいんだ」
前世の記憶を思い出しても、今日までの六年間の記憶は残ってるからね。
メイナにお世話されていたことも、何度も助けられたことも忘れてはいない。
あとは、もし悪役になって平民に落とされた時に支援して欲しいからね。
今から心象をよくしておかないと。
「クラヴィス様……。ありがとうございます、いただきます」
さて、僕も食べてみよう。
包丁で切り分けておいたうちの一切れを手に取って口に運ぶ。
うん、美味しい。
生地のふわりとした感触と優しい甘さが口の中に広がり、その甘さの中にチョコのねっとりとした甘さが包まれている。
あえて少なめにチョコを入れたおかげで甘すぎることはなく、程よい感じになっている。
うまくいったようだ。
「うん、美味いな。坊ちゃん、よかったらこのレシピ教えてもらえませんか?休憩の時間に食べるのにちょうど良さそうだ」
「いいよ。じゃあ、後で紙に書いて渡すね」
「ああ、ありがとうございます」
料理長からは高評価だ。
別に僕が作ったレシピではないけれど、かなり嬉しい。
「こんなに美味しいものをありがとうございます、クラヴィス様。これからも、精一杯お世話いたしますね」
「うん、よろしくね」
メイナにも喜んでもらえたようで何よりだ。
でも、少しだけ作りすぎてしまった。
分量を間違えたのか想定よりも大きくなってしまった。
これじゃあ今食べ切るのは難しそうだ。
だからと言ってこれを置いて置く場所があるわけでもないし、どうしよう。
「坊ちゃん、よかったらこれを貰ってください」
「これは?」
「マジックバッグです。中に入れたものは時間が進まなくなるので、こういう行事の時に前もって作っておいた料理の温度を保つために使うんです」
「なら、今日みたいな日に必要なんでしょ?それを何で?」
「実はこれは欠陥品で、容量が小さくて俺たちが作るパーティーサイズの料理は入らないんです。なので、坊ちゃんが使ってください。ちょうど、使い道があるでしょう?」
そう言って料理長が視線を向ける先には作ったばかりの蒸しパンが。
なるほど、お見通しってわけか。
「なら、貰っておくね。ありがとう」
「いえいえ。また何か作りたくなったら来てください。いつでも厨房を貸しますから」
「うん、ありがとう」
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