12. 魔王様と情熱価格の出会い

魔王様、犬神姉妹、そしてドロテアの四人はメガドンキに入るや否や、元来のスーパーではあり得ないそこら中に商品が置かれた店内と対面する。

 しかしこのメガドンキ、いつものドンキホーテとなんだか入った時の雰囲気が違う事に魔王様はいち早く気づいた。それは目線の高さ、そして商品の向きなど、どうも何かの意図を感じさせる。

 

「妾の工房のような散らかりようじゃの」

 

 ドロテアはメガドンキの店内を超魔導士であるドロテア、魔法使いの実験部屋に似ていると表現した。

 

「この店内は衝動買いをさせる事を意識して作られてるんだぁ。いつものドンキより積み上げが低いだろうぉ?」

「ほぉ、なるほど。違和感の正体はそれであったか! クハハハハ! 一本取られたな」

 

 そしてこの方式は全ての店舗が同じではない。ベースはあるのだろうが、同じドンキホーテでもメガドンキでもお客さんへの陳列によるアプローチが店舗ごとに違う。そして今回のメガドンキはファミリー層向けの為、売りたい商品を効果的に主張させている作りとなっている。今回やってきたメガドンキは生鮮食品を強化している店舗。

 

「さぁ、この凶悪すぎる食品売り場を楽しもうかぁ」

 

 そこに広がるのはドンキホーテというより、スーパーマーケットのそれ。

 

「うわー! 沢山あるね! ドロテアちゃん、何が食べたい?」

「飛鳥、妾をちゃん付けするなと言っておろう? しかしそうじゃなぁ」

 

 ドロテアは別段子供好きということはないが、美味しい物をよくくれる飛鳥は特別嫌いじゃなかった。

 

「クーハッハッハ! アイスがとんでもない値段で売っておるなぁ」

「59円だねぇ」

「お姉ちゃん、アイス買ってもいい?」

「いいよぉ、お嬢も魔王様も選びねぇ」

「烏子は酒を買うのかのぉ?」

「当然だねぇ」

 

 魔王様、ドロテア、飛鳥と三人でそれぞれ59円均一のアイスの中から自分の好きなアイスを選び、満足した顔でカートに入れる。

 そこで、魔王様は店内にとある類似している物を見つけた。それは“ド“と大きく書かれた横に情熱価格と記載されたキャッチコピー。

 

「オリジナルブランドというやつか?」

 

 コストコやイオンで得た魔王様のビンゴな感想。

 

「さすがだねぇ魔王様ぁ。そう、ドンキは情熱価格が自社ブランド商品なんだよねぇ。こいつがついてるのはちょっとヤバいよぉ」

 

 ただでさえ破格のプライズを提供しているドンキホーテの中でも情熱価格シリーズはかなり攻めている量と金額設定となっている。それがその時期のトレンドまで抑えてくるという徹底ぷり。

 四人は店内を改めて見渡してみると情熱価格に包囲されている事を知る。

 それはどこにでもありそうなスナック菓子から、カップ麺、缶詰。またどういう層を意識しているのか分からない謎の多い商品まで多岐に渡る。魔王様も言われなければ気付かなかったが、マンションの部屋にもこの情熱価格と書かれた商品がいくらかあった事を思い出す。

 ピザトースト50枚分と書かれたプロセスチーズを魔王様は見つめる。朝食がパンの時にたまに烏子が作ってくれるそれを見て「おぉ!」と魔王様が言うと「なんじゃ魔王」とドロテアも反応。

 そんな情熱価格のプロセスチーズを烏子はカートに入れる。そしてへっと笑った。飛鳥と魔王様に笑顔の花が咲き、ドロテアは疑問符を浮かべる。

 

「情熱価格に間違いはないからねぇ」

 

 もちろん、メガドンキはプライベートブランドもとんでもなく安い。なんならお酒に関してはショーケースを除けば各種激安スーパー、コストコ、各種オンラインサービスすらも凌駕している。

 もちろん、お酒コーナーを前に顔がニヤける烏子、そして当然のように5Lのブラックニッカの巨大ペットボトルをカートの下に押し込む。これに関して「お姉ちゃん、情熱価格じゃない!」と飛鳥にツッコまれるので烏子は鼻に指を当ててしーっとジェスチャーする。

 

「待て待てぇ、待てぇーい! 妾の為にご馳走を作るのじゃったろぉ?」

 

 情熱価格とメガドンキの激安商品にテンションが上がっていたが、今回メガドンキにやってきたのは確かにドロテアの歓迎会の為。

 

「よっし、お嬢が食べたい物、たくさん作ろうねぇ?」

 

 烏子、飛鳥、魔王様はメガドンキの店内を見渡す。幾たび世界を滅ぼしても渇きを得れなかった破滅の超魔導師ドロテアの飢えを満たす為に最強ディスカウントショップが一つ、メガドンキ。

 その全力全開の買い物ミッションが始まった。

 

 目についた国産鶏肉使用肉団子1kg、税込538円をカートに入れる。これを使って酢豚を作るなり、スープや鍋の具にしても間違いない。

 飛鳥が烏子に見せる瓶、それに烏子は親指を立てて見せる。ピクルスを紅生姜に変えたら革命が起きたとキャッチコピーの紅生姜タルタル。

 

「何が……起きておるんじゃ?」

 

 ドロテアは呟く。

 烏子と飛鳥、それに魔王様から放たれる圧倒的なプレッシャー。神々、翼種に匹敵するそれは買い物。お目当ての商品を選ぶためにあたりをキョロキョロと見渡している。次は魔王様が動いた。一瞬、魔法が使えないのにドロテアは迎撃の魔法を詠唱しそうになる。魔王様が持ってきたのはしいたけスナック税込1480円。

 

「これにつけるとうまい! クハハハハ!」

 

 どうやらそれは飛鳥の紅生姜タルタルとの合わせ技らしい。

 

「なるほど、いいじゃんねぇ」

「うん! 美味しいよね!」

 

 何が何だか分からない。

 今まで貨幣経済のある世界はいくらでもあったが、こんな乱雑な店の形態は存在し得なかった。されどどれもこれも気になる。ドロテアには無限の魔導書が取り揃えられた書庫にすら感じ取れた。

 その中から必要な魔導書をあれよこれよと取り出しているように見える。次に烏子が手にしたのは情熱価格・花畑牧場のカマンベールチーズ。十勝の花畑牧場と共同開発した商品だけあってチーズ好きからの評価も二重丸。これが300円程で買えるという狂気的な価格破壊。

 ドロテアは自分だけが取り残されている事に謎の危機感を感じ、同じく情熱価格の商品を探す。何が美味しいかなんて知った事はない。こういう物はフィーリングなのだ。そしてドロテアは一つの商品と目が合い手を伸ばした。それはぷりん、高さ12cmを超えるドドンとプリン。

 それを取った時の三人の表情をドロテアは見ると……

 

「お嬢……分かってるぅ! それくっそうまいんだぁ」

 

 烏子の言葉に続き、飛鳥も笑う。

 

「飛鳥もそれだぁーいすき!」

 

 犬神姉妹が言うのであれば間違い無いんだろうと、ドロテアはドヤ顔でほれ見た事かと無い胸を張る。とりあえず情熱価格と書かれた商品に間違いはないという事を学んだドロテアは辺りを見渡し、興味を引くもの冷凍食品のコーナーに真っ黒い袋、超魔導士たる自分に相応しいそれを手に取ると……

 

「もぉーうまい! 牛肉入りコロッケかぁい! お目が高いねぇ、お嬢。こいつを私はぁ学生時代常備して食ったもんさねぇ……間違いないぜぇ」

 

 10個入り、パーティーにもってこいの量意外にもレンジ調理商品とは思えない程にお肉屋さんのコロッケへのリスペクトと再現度もまた人気の定番商品である。そんな店内をうろうろしていると四人、全員の目を引くとんでもない商品が玉座に座るようにこちらを見つめていた。

 そう、買ってほしいと言わんばかりに……そいつは情熱価格商品ではないが、中々他店では購入する事ができない怪物みたいな商品。流石の烏子も……

 

 いやいやこれは流石にヤバいんじゃないかな? と思っていたのだが、その巨体さにドロテアは指を刺す。

 

「よし。あれも買うのじゃ!」

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