【幕間10】破滅の超魔導士と竹下通りのクレープ

 不思議な香り、いや……不思議な喧騒と言うべきか? 意識をコンバート、即座に覚醒。

 

「くっそ、魔王。くそぉ! たかだか一世界の魔王如きが妾を……妾を屠ったなど許される事でなし! クソ! まぁいいや、魔王は消滅したし、あの世界絶対にぶっ壊してやるんじゃからな! で? ここはどこじゃあ?」

 

 

 

 全ての魔法の母と呼ばれた超魔導士ドロテア・ネバーエンド、まさかまさかの彼女もまた日本に来ていた。

 

 プワープワー!

 

 そんなドロテアはベタベタにスクランブル交差点のど真ん中に出現し、トラックが! とかいうそんなありきたりな展開。

 

「あぶねーだろ! 何してんだガキぃ!」

「あぁ? 妾に言ったのか? カラミティ・ウェーブ! ん? 魔力が……」

 

 トラックは物理法則を無視した力に吹き飛ばされる。鑑識の首を捻るような大事故となるわけだが、それはこの物語には関係のない事。

 

 そんな些細な事よりも破滅の超魔導士ドロテア・ネバーエンドは自分に起きている変化にすぐに気づいた。自分の身体が小さくなっている事、そして魔力が枯渇しているという事。本来であれば魔法で隅々までサーチしてこの世界について調べ、そして用がなくなれば滅ぼすだけだったが……イレギュラー。

 

「魔王のせいか!」

 

 魔王の力のせいで半端な転生あるは転移を行った為に起きた事故。周りを見渡し首を吊れる場所か、飛び降りれる場所をドロテアは探す。要するに自害してしまえば再び自分はどこかに転生される……

 

 のだが……プライドの高いドロテアはそれを否とした。

 

「なんでまた妾があの魔王如きの為にもう一度死なねばならぬのじゃ!」

 

 プンプンと怒りながら適当に辺りを歩く。そして一つこの世界で感じた事。建物の形状や材質建築技能水準が極めて高い事や、人々が身に纏っている服装がこれまた極めて高水準の物である事より気になった事。

 

「こいつら……歩くの早くないかのぉ?」

 

 どこに向かっているのか、てくてくてくてくと、どいつもこいつも小さい板のような物を見つめては目的地があるのだろう方向へ進んでいく。ドロテアは各々の信仰対象がいるのではと……この世界の神や翼種がいようならどうにかして滅ぼさねばならないと適当に若い女の後をつける。

 

 鼻をつく甘い香り、そしてそれは同時に数万年、下手すれば数十万年ぶりにドロテアに空腹という感覚を取り戻させた。

 

「なるほど、魔素がない為身体の燃料補給が必要か……なんとも人間の身体とは不便極まりない。いや待て、食料を身体に放り込めば魔力が戻るやもしれぬ。食事などという行為を妾が行わねばならぬとはこれも全てあの魔王のせいじゃ」

 

 甘い香りのする先、そこにはこの世界の文字で何やら商品名が書いてあるがドロテアには読めない。その食べ物を作っているであろう人物にドロテアは偉そうに物申した。

 

「おい貴様、その食べ物を用意するのじゃ!」

「チョコレートソースのクレープかい? 500円です」

「は?」

 

 この時、数多の世界を滅ぼし、全ての魔法を生み出した頭脳を誇るドロテアの頭の中でパン一つ、銅貨2枚。ワイン一樽、銀貨一枚などの計算がなされ、ここが貨幣経済である事を理解した。

 

「金はない」

「ごめんねぇ、また今度パパかママを連れてきてね」

「はぁああ!」

 

 なんという事か……今の妾は……なんの生産性もない子供! と今になってようやく自分の身に起きている事を受け止めた。元々自害しようとしていたとはいえ……このままでは、

 

「飢えと渇きで死ぬなんぞごめんだ!」


 キッ! とクレープ屋の青年を睨みつけるドロテアだったが、今のドロテアにはその程度の抵抗しかできない。この食べ物を食べる事叶わずと思ったその時、

 

「このチョコレートソースのクレープを二つねぇ! カードでいいかぁい?」

「ぬ?」

 

 大人の女性、それが今ドロテアが所望したチョコレートソースのクレープを二つ購入した。店員がクレープを手際よく焼き上げる。

 

「はい、まず一つです」

 

 それを受け取る女性。そしてそんな女性を恨めしそうにドロテアは見つめていると、膝を曲げて「はいどうぞぉ、熱いので気をつけてねぇ」「お、おぉ……おおお!」とチョコレートソースのクレープを渡してくれる。反射的にそれを受け取ったドロテアは理解できない。

 もう一つのクレープを女性は受け取ると、「あっちで座って食べようかぁ?」言われるがままに連れられて“はっ!“とドロテアは気づいた。

 これは誘拐ではなかろうかと……自分の姿は子供とはいえな中々に美しい。人買いに自分を売りつけるのではないかと……

 

「き、貴様なんのつもりだ! こんな物で妾を……」

「お腹空いてんでしょぉ? あとぉ、お嬢ぉ。地球の人じゃないよねぇ? また異世界の住人かぁい?」

「なん……じゃと」

 

 彼女の名前は犬神烏子いぬがみくろこ、少し前にも同じように異世界の住人と偶然であったという「まぁ、冷めないうちにお食べなさぁい」と懐から暖かいミルクティーを取り出してドロテアに差し出す。自分は暖かいワンカップ大関。

 

 ツンと酒の匂いがする。

 

「この菓子と酒はあのかぁ?」

「合いまくりだよぉ。お嬢が大きくなったら一緒にやりたいねぇ!」

「妾は本来は大人じゃ! 貴様なんぞよりいくらも長く生きておるんじゃ!」

「ほらほら、クレープの最初の一口は幸せでできてんだよぉ」

 

 言われるがままにパクりとドロテアは食べる

 

「!!!!!」

 

 んまぁい! 頭の中にはそれしかない、柔らかくて甘くて、あったかくて、んまぁい! 食事という行為を忘れてどれだけの時間が経ったのか……ドロテアは貪り食べるようにクレープとホットミルクティーを飲み干した。

 

「ふむ、妾に供物を捧げるとは良い行いじゃ! 貴様は世界の滅びの時、最後に苦しみなく屠ってやろう。この破滅の超魔導士ドロテア・ネバーエンドがなぁ!」

「世界の終わりかぁ、あと30億年くらい先だからぁ、わたしゃ生きてないなぁ。ドロテアお嬢ぉ。とりあえず色々検査とか必要だと思うけど、一旦ウチに泊まるといいよぉ。行く宛ないだろぉ」

 

 食事を与えてくれただけでなく、寝床まで用意してくれる。ドロテアはご満悦で烏子の家についていく、中々に高いマンション。

 

「先ほどの人間の街もそうであったが、いかにしてこのような高層建築を……妾の魔法でもなければ難しかろう」

「ドロテアお嬢ぉ、ここが私の部屋だよぉ、はいいらっしゃい」


 この建物全てが家というわけではなく、それぞれ割り振られた部屋にて生活を行うのかとドロテアは効率性を理解し、自分の世話をさせてやろうと扉をガチャリと開けた。

 

「おかえりお姉ちゃん!」

「クハハハハ! 烏子、おかえりと余が申してやろう!」

 

 バタンと即座にドロテアは扉を開いた。部屋の先にいるはずのない存在がいるのである。それを烏子に尋ねる。

 

「烏子と言ったな? 何故、魔王がこの部屋の中にいる?」

「あぁ、魔王様ぁ? ドロテアお嬢ぉの前に拾ったの魔王様だからなぁ。二人は知り合い? よかったねぇ? 積もる話もあるだろうから、今日はコストコのお寿司でも買いに行こうかぁ!」

 

 破滅の超魔導士ドロテア、犬神家に居候・確定。

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