10.魔王様とコストコの帰宅後

フードコートでの食事が終わり、あとはいよいよ帰るだけ。

 

「ふぅ、流石に食べ過ぎたねぇ、帰ろうかぁ?」

 

 烏子がそう切り出して、お腹一杯の飛鳥と魔王様も頷いてフードコートの席から立った。

 カートは皆、フードコートの前にある仕切りの所に置いている。ずらりと並んでいるカートの中から魔王様達は自分たちのカートを見つけた。

 ゆっくりと、他のお客さんのカートが並ぶ中からそのカートを出して、駐車場へと向かう為に出口を目指す。フードコートの隣では会員カードの受付の為に長蛇の列が出来上がっていた。会員について来た人達が魅力を知って流れるようにまた新規会員になるというコンセプトは実に上手いと烏子は思う。

 

「あー、そうそぉ。コストコのバックは開けたままにしておいてねぇ。出る時にスタッフさんにレシート見せて確認してもらわないといけないからねぇ。じゃあ、帰る人について私たちもレッツゴーだぁ」

 

 万引き防止と大量購入なので、レジの重複打ち込み時の保険として出口で商品確認を行われる。

 特に同じ物を二つ購入していたりすると「オイコスヨーグルト、二つであってますか?」「あってまぁす」という簡単なやり取りの後に、お礼とまたのお越しをという言葉を聞いて三人は出口へとやってきた。さながらテーマパークのアトラクションを一つ楽しんだかのような不思議な充実感に包まれての退店である。

 帰りもエスカレーターに乗って駐車場のある場所へと向かう。

 

「烏子よ。コストコの従業員は名札になんて書いてあるのだ?」

「ファーストネームが書かれててぇ、従業員同士はファーストネームで呼び合うんだぁ」

「ほぉ、それはこの世界では珍しい事なのか?」

 

 この世界では珍しい事ではない。

 だが、日本という国においては中々珍しい光景と言えるので烏子は答える。

 

「アメリカって国の流儀だねぇ。フレンドリーに、チームワークを重視し、ユニフォームもあるわけじゃなく、襟付きのポロシャツ着てるだろぉ? 私達の日本には中々ない風土だねぇ。多分、根付くことはないだろうねぇ。私は嫌いなじゃないけどねぇ」

 

 とはいえ、日本のコストコはそこまでフランクじゃない。日本での経営戦略としてどうしても接客面は他国よりも強めなんだろう。

 そんな話をしながらエスカレーターは烏子達の車がある屋上へと到着した。烏子の愛車であるスズキ・ハスラーを見ると魔王様も思わず笑顔になる。

 

「クハハハハ! 待たせたな! 余は貴様を操縦するのが実に気に入っている。パイコーンや、ワイバーンとも違う。動く為だけに洗練された貴様のフォルムも動作音も実に良い」

 

 そう言ってカートをスズキ・ハスラーの前まで持ってくると魔王様は動物でも愛でるようにボンネットを撫でた。

 

「じゃあ、買った物入れようかぁ」

 

 烏子がそう言うので、魔王様と飛鳥は購入した物を車に詰めていく。

 

「飛鳥はテイッシュとか軽いのを車に入れていってねぇ? 魔王様。コストコのカバンをリアゲート開けた所に入れてねぇ。お酒とかも全部そっちに運んでいくからぁ。私はカート戻してくるよぅ」

 

 魔王様が飛鳥の事は見ててくれるし、率先して魔王様が重い物は車に積んでくれているので戻って来た頃には魔王様は運転席、飛鳥はナビシートに座って自分を待っているだろうとカート置き場にカートを戻して、愛車の所に戻ってくると、思った通り二人とも帰る準備万端だった。

 

「お待たせお待たせぇ」

 

 そう言って後部座席に座るとクーラーボックスからビールを一本。

 行きにも相当な本数のビールを飲んだ烏子だが、帰りの車内でも同じくビールを煽るつもりでいた。自分は運転しないし、初心者マークをつけている魔王様の運転がタクシードライバー並みに丁寧で上手である為安心して乗れる。

 

「クハハハハハ! 烏子よ。また酒か? 家に帰ってから飲めば良い物を、貴様はいつも飲んでおるな! 余の家来にもそのような者が多くいたわ」

「その人達とは仲良くなれそうだねぇ」

 

 冗談抜きで烏子は魔王様の家来と一度酒を飲み交わしてみたいなと思った。きっとそんな時はやってこない事も重々理解しながら。

 

「コストコはいいねぇ」

 

 そもそも買い物が楽しいのにそれに拍車をかけるような販売方法には舌を巻く。実に満喫した烏子が自然と独り言を口にしてしまった。

 魔王様の運転する車はコストコを離れ、高速道路の入り口へと向かっていた。あとは高速を乗って国道に降りて、しばらく道になりに走れば我が家。

 

「何か買い忘れた物とかあったかなぁ?」

 

 それがあって思い出したとしても別にコストコに戻るつもりはない。次にコストコへ行く口実の為の言葉。

 

「お菓子も買ったし、魔王様のピザも買ったし、お姉ちゃんのお酒も買ったし、今日のご飯も買ったから買い忘れはないと思うよ。ねー! 魔王様」

 

 飛鳥が助手席でハリボーを食べながらそう魔王様に言う。

 

「クハハハハハ! 飛鳥が言うのであれば買い忘れはないのであろう。しかし、これだけの買い物。家にあるれぇぞぉこぉには入るのであるか?」

 

 魔王様は普段使う犬神家の冷蔵庫を見てとてもじゃないが今回の購入した食材が入るスペースがないように思っていた。冷蔵庫は食材の腐食を防ぐ大変よくできた道具だと魔王様も感心していた。

 

「あぁ、そうだねぇ。ちょっと冷凍庫が足りないかもしれないねぇ。まぁ、そんな時の為の秘密兵器があるからもーまんたいさぁ」

 

 普段は使わないが、こうして買い物で大量購入した際に使用するスリム型の冷凍庫が犬神家には備わっている。いつもは烏子の部屋にあり、お酒を飲む際のロックアイス入れとして使われている物になる。

 

「クハハハハ! すでに対策済みであったか、さすがは烏子である。実によくできた策士であるな。褒めて遣わすぞ。高速道路の終わりか」

 

 時速100キロまで出せる高速道路で車を転がすのは魔王様としても実に楽しい時間だった。だが、国道に出るや否や当然魔王様は法定速度を守る。

 今まで五速に入れていたギアを四速に落とす。ガチャガチャとギアチェンジをする魔王様の手元を飛鳥は目を輝かせて眺めていた。

 

「魔王様、それ速くなるやつだよね? 魔王様はお姉ちゃんより上手! 車の運転私も大きくなったらしてみたいなぁ! 魔王様みたいにガチャガチャしてみんなで私の運転でコストコに来たいなぁ。私にも魔王様みたいに上手に運転できるかな?」

 

 烏子は確かに自分の運転より、つい最近免許を取得したばかりの魔王様の方が運転が上手いなと納得する。そして魔王様は飛鳥にこう言った。

 

「余のように上手に運転できるかは分からぬが、飛鳥は賢い故、車の運転は成長すればできるようになるであろうな! クーはっはっは! 確かに余も飛鳥の運転にてコストコに来るのも興がある!」

 

 そう言って魔王様はサングラスをかけた。

 

「これより日が目に入る故、飛鳥もさんぐらぁすをすると良い」

 

 魔王様に言われ、飛鳥は頷いて店内でもつけていたサングラスをかける。

 

 「魔王様はどうしてそういうのが分かるのかねぇ。便利だねぇ、そしてビールもう一本。丁度行き帰りでなくなったなぁ」

 

 烏子はクーラーボックスに入っている最後のビールを取り出すとそのプルトップを開けた。

 

「クハハハハハ! 余はもとより暗黒、闇、夜であるからな! 生まれつき光には反応しやすい故である。陽気の中で昼寝をするのも好きであるが、眼を眩ませる事は存外閉口する」

 

 別に光が苦手というわけじゃないあたり、魔王様って一体なんなんだろうなと烏子は自宅のマンションが視界に入ったので最後のビールをぐいっと飲み干した。

 

 家に到着すると、一息つく前にやる事は一杯ある。コストコで購入してきたものを冷蔵庫やらにしまっていく最後の仕事である。

 とりあえず要冷蔵の物をしまっていくのだが、烏子は自ら購入したボックスワインを開けた。

 4Lのワイン、一日ボトル一本開けるペースで飲んだとしても5日と半日は楽しめる。さらに購入した小魚アーモンドも烏子は開封するとそれをポリポリとつまみながらワインを一口。

 魔王様が購入した特大のコストコ冷凍ピザを切り分けてラップで包み、冷凍庫に入れる作業が残っているのに寛ぎモードでソファーにかける。

 それに物申す者はこの中にはいない。烏子がグラスをもう一つ用意して魔王様にもワインを振る舞う。ずるい! と飛鳥が言う前にグレープソーダも用意したところで魔王様が1キロポテチの袋をパンと開けた。そのまま食べようとはせずにお皿に出して二人に振る舞う事から魔王様の品が伺える。硬め、濃い目の味付けは一度食べたら癖になる味わい。

 コストコで買い物をした日は大体いつもこんな感じで、片付けなのか食事なのか、気がつけば団欒が始まる。

 

「ロティーサリーチキンも切り分けようかぁ。温め直してちょちょいとマジックソルトをかけてね」

 

 と烏子がキッチンからドイツ製のナイフを持ってきた。

 

「食べる! 食べるぅ!」

 

 と飛鳥も楽しそうにしているので魔王様が頷く。

 

「くーはっはっは! では余が切り分けてやろう」

 

 魔王様はそう言うと、烏子からナイフを受け取りもせずにパチンと指を鳴らす。

 するとロティーサリーチキンが手羽、ささみ、胸肉、もも肉と触れてもいないのに切り分けられていく。地球にやって来てから普段あまり魔王様が使う事のない魔法はロティーサリーチキンを食べやすい形状に変える。

 もちろんその光景には飛鳥は手を叩いて大喜び。職人が切ったように食べやすいそれを各々取り皿に取ってナイフとフォークでさらに細かく切って口に運ぶ。

 

“美味しい!“

 

 ロティーサリーチキンはブラジル産の為、日本の国産チキンに比べてやや肉の香りと味がキツい。また温め直していないと肉がしまって固くなる。何度となく食べてきた烏子はそのロティーサリーチキンを100%、いや120%に美味しく食べる術を熟知していた。そこに魔王様による魔法で切り分けられたロティーサリーチキンは金属に触れられる事なく完璧な状態で口に運ばれる。その完成度たるや数値では言い表せれない。

 続いて魔王様は自身のチーズピザを魔法で切り分けてラップに包み冷凍庫に入れながらも三人分だけカットしたピザをこれまたオーブントースターに魔法で放り込む。なのにつまみを捻るのは人力。

 

「クハハハ! チンである!」

 

 単純にオーブントースターのつまみを捻るのが魔王様が気に入っているというだけだったらしい。

 

「チーズが下に落ちないようにトースター皿を使ってねぇ」

 

 と烏子が言うので魔王様はお皿を魔法で取り出すとそれをトースターで焼かれているピザの下に入れる。それにも烏子は以前コストコで購入していた瓶詰めのアンチョビを足して味編。

 

「魔王様、ワインのおかわりはいかがぁ?」

 

 グラスのボウルを持って魔王持ち。

 

「クハハハハハ! いただこう! 無限に出てくるワインである!」

 

 魔王様はちびちびと飲んでいるので長くまさに無限に飲めるような感覚かもしれないが、ウワバミの烏子からすれば持って数日、下手すれば本日中に飲み干してしまいかねない。

 

「本日はビールも飲んでるしワインはこのくらいにしておこうかねぇ」

 

 食べきれないロティーサリーチキンは翌日までは賞味期限が持つので烏子はアレンジ料理の材料にしようかとラップをかけて冷蔵庫にしまう。そして冷蔵庫から鰤の刺身と当たり前のように日本酒を代わりに持ってくる。

 試食で食べた時も美味しかったのだが、今回は煎り醤油を使って漬けにする事でこちらも翌日まで美味しくいただける。

 

「ピザにお刺身ってパーティーみたいだね!」

 

 飛鳥に言われて烏子もこの食い合わせはないなと思ったのも束の間、魔王様はチーズピザをパクりと食べて、鰤の漬けをおかずに食べていた。

 

「それ、美味しいんですかぁ?」

 

 ニコニコと笑いながら食べている魔王様を見れば、美味しいというのが伝わってきたので、飛鳥もチーズピザと鰤の漬けを一緒に食べてみる。

 妹が食べているので烏子も同じくこの組み合わせを口にする。

 

「あら、案外美味しいですねぇ」

 

 この組み合わせは魔王様がいなかったらまず自分は選ばなかっただろうなと烏子は感心して笑う。

 

「当然である! 楽しくて美味いコストコの食い物同士である」

 

 当然だろうと魔王様は答える。美味しいは楽しい、行く前から、帰ってきても美味しくて楽しいというのが魔王様のコストコの認識なんだろう。それに烏子は納得する。

 

「なるほど」

 

 烏子はまた明日から大学で長い長い仕事が始まる。小学校から帰ってきた飛鳥を魔王様が面倒を見てくれるのはありがたい。

 次の休みまで冷蔵庫の食材は潤沢。当分心配はない、しかしよほど楽しかったのか、飛鳥が満面の笑みで二人に尋ねた。

 

「お姉ちゃん、魔王様。次はいつコストコ行くの?」

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