【幕間7】魔王様、初めてのクラッシックバー

 夕食を終え、飛鳥と一緒にテレビを観ていたが飛鳥が眠くなったと言うので自室で就寝。魔王様も自分の部屋で寝ようかと思ったところ、烏子が魔王様を外で飲まないかと提案。

 

「ほぉ、外で呑むという事はいざかぁや。であるか?」

 

 午後21時45分。

 

 烏子は時間を見て笑う。

 

「居酒屋は行ったらすぐにぃ、ラストオーダーですなぁ。まぁまぁ魔王様、ウチに騙されたと思ってぇ」

「良かろう案内するといい。烏子、貴様の隠れ家という事か?」

「まぁ、そうですねぇ」

 

 マンションの部屋にもお酒は数多く置いてある。それを飲まずしてわざわざ何処かに出かけようと言うからにはこの部屋では飲めない酒なのか、肴なのかがあるのだろう。飛鳥が起きないように二人でマンションの部屋を後にすると、マンションを出てすぐ見える場所にあるショットバーに入店。

 

「マスターぁ、おひさぁ」

「烏子さん、いらっしゃいませ。そちらさんは?」

 

 中年女性のマスターは魔王様に会釈し、カウンター席に案内する。烏子行きつけのバー“遊覧船“クラシックバーの装いをしているが、常連客の殆どはビールと焼酎ばかり注文しているとにかく入りやすい上に家から近いという理由でありがたい存在である。

 

「こちらはぁ、我が犬神家にぃ、ホームスティしてあらせられるぅ魔王様にございまーすぅ」

「クハハハハ! いかにも! 良きにはからえ!」

「あぁ、噂の魔王様でございましたか! ごゆっくりして行ってくださいね」

 

 ずらりと並ぶ酒瓶に魔王様も「おぉ! 凄まじい品揃えであるな!」と興味津々。

 

「マスター、とりあえず最初はジントニックでももらえるかい?」

「かしこまりました!」

 

 マスターはBOODLESのジンとフィーバーツリーのトニックウォーターを用意する。グラスに氷を入れてステア、ライムを絞りそれをグラスに入れる。最後にトニックウォーターを氷に極力当てずに静かに入れると氷を上下するように二回ステア。流れるような手つきは魔王様も目を奪われる。

 

「お待たせしました。ジントニックです。こちら、ポーションになります」

「ポーション、回復薬か?」

「魔王様、要するにお通しですよ」


 お酒と一緒にお通しのミックスナッツと芋けんぴが出された。

 

「じゃあ、魔王様ぁ、かんぱぁい!」

「うむ! 乾杯であるぞ!」

 

 グラスを合わせずに二人はグラスを上に掲げて一口。ジントニック自体魔王様は初めてだったが、今まで飲んできた酎ハイや、サワー系とも違う上品でいてそして明らかに飲み物として上位のそれに……

 

「これは……美味いな。美味すぎる」

「恐縮です」

 

 ポーションのミックスナッツから胡桃を一つ摘んで食べる。これも美味い。烏子は芋けんぴを肴にジントニックをグイグイ飲んでいる。

 

「うんまぁ、腕を上げたねぇ! マスタぁ!」

「ありがとうございます。烏子さんより魔王様の方がバーにいても自然ですね。ふふっ。何か食べられますか?」

 

 メニューも充実しているのでジントニックを飲み終わると、次のお酒の注文と共にフードメニューを。

 

「じゃあぁ、スモークチーズとチョリソーの盛り合わせとぉ、何か強いお酒をロックでぇ」

 

 魔王様は烏子の適当なオーダーに対して並んでいる酒瓶の一つを指差した。どういう構造なのか酒瓶の中にリンゴが丸々一つ入っている。

 

「余はそれが飲みたいぞ!」

「リンゴのブランデー、カルヴァドスでございますね? ロックでよろしいですか?」

「うむ! しかし、そのリンゴ、魔法で入れたのであるか?」

「こちらはですね。リンゴの木に瓶をつけて、瓶の中でリンゴを育てるんです。そしてその中にリンゴのブランデーを注いで完成します」

「そぉなんですねぇ」

「ほぉ! なるほど! 聞くと単純であるが、考えた者賢いな!」

 

 ロックグラスにクリスタルカットされた氷が入れられそこに注がれたカルヴァドス、そのグラスを魔王様にそっとバーテンダーは差し出した。


「どうぞ、カルヴァドス・ポム・ド・イブのオンザロックです」

「うむ、頂こう」

 

 受け取り、ロックグラスを摘み、それを呑む仕草までお芝居のように完成している。一口、二口飲んで魔王様はゆっくりとロックグラスを置く。

 

「うまい! 実にうまい酒である」

「おぉ、マジだなぁ。こりゃぁうめーやぁ」

「恐縮です」

 

 マスターは給仕の手が空くとレコード盤を取り出してそれを流す。ジャズ、タイトルはスペイン。魔王様は出される酒、フード、給仕の熟練度、酒場の雰囲気、店内の清潔さ、そしてサービスの手厚さ。

 何を持ってしても魔王様の世界にあった酒場とは天と地程の差があり、完全に凌駕している。

 

「なるほど烏子よ。ここは居酒屋ではないな。まさに酒場の究極系である」

 

 これだけ遊び方が多くある世界、争っている暇なんてないのかもしれない。魔王様は流れる音楽に耳を傾けながらもう一口カルヴァドスを飲んだ。

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