【幕間5】魔王様は人を知り、人に絶望しなかった理由

 かつて、魔王様は人間達の国にお忍びでやってきた事があった。

 見る物全てが真新しかった。街中で大道芸人達が歌い、踊り、芝居に興じる。街の人々はそれを見て楽しみ、笑い、近くで売っている食べ物なんかを手にしている。魔物達にはない文化、そして貨幣経済。

 

「余にも一つ、その食べ物をもらおう」

「銅貨二枚です」

「うむ、これで良いか?」

 

 以前、襲ってきた人間を倒した時に手に入れておいた金貨で支払う。それにお店の人間は驚き慄く。何事かと思っていたら店側がお釣りを用意できないという事らしい。

 

「お兄さん、ちょっと金貨なんて困るわよぉ!」

「そうか……ならば釣りはいらぬ、その食べ物を提供するといい」

 

 人間にとって価値のある物だとしても魔王である自分には不要の物、そんな物よりもバターの良い匂いがする販売されているパンの方が何倍も価値を感じる事ができた。しかし、金貨一枚でパン一つを売ったなんて知れ渡ったらお店側が憲兵に何を言われるか分かった物じゃない。

 そんな困り果てた店主と魔王様に声をかける女性。

 

「君、金貨でパン買おうとしたのぉ? ダメだよぉ! 私が両替してあげるよ。私はエレナ。この国でも有名な冒険者様さぁ! おばちゃん、この人にパンあげて、私が立て替えておくからさ」

「かたじけないなエレナよ」

 

 魔王様は店主よりパンを受け取り頬張る。柔らかくて、甘くて、美味い。人間は食文化も魔物を凌駕している。魔王様はエレナの話を聞いた。最近凶暴化している魔物達の大規模討伐を王国が冒険者達に依頼するという。

 

「要するに戦争だね。今までそのパン、銅貨一枚だったのに原材料が値上がりして二枚になったんだよ。信じられる?」

「戦争が激化すれば、先ほどの金貨でもパンが食えなくなるという事か?」

「いや……どうだろう。まぁ、でも本当に極限の話をしたらそういう事になるのかなぁ。君、そういえば名前は?」

「余か? 余はアズリエル。流浪の者だ」

「アズリエルって……ザナルガランの魔王と同じ名前じゃない!」

 

 自分の名前は案外有名なんだなと頷く。エレナは話がとても長く、されど飽きさせずに面白い娘だった。これが、魔物と滅ぼしあっている人間という者かと魔王様も想像していた存在とは全く違っていて驚いた。そんなエレナが冒険者ギルドで仕事を請け負ったというので魔王様もついていった。

 

「この前の大雨で崩れた橋の修復作業時に魔物が出現した時の用心棒だよ。アズリエル君は魔法使えるんだよね? もし魔物が出てきたら魔法で牽制して」

 

 魔王様は一帯の魔物に人間に近寄らないように広域の命令をかけていた。ここに魔物が出てくる事は万が一にもありえない。それ故に魔王様はエレナに尋ねた。

 

「エレナよ。貴様は魔物を殺したい程に憎いか?」

「憎くはないよ。できれば戦わない方がいいと思ってるし、殺したくもないよ。でも誰かを魔物は襲うでしょ? そうなった時の牙がなければ人間は滅んじゃうからね」


 魔物は確かに人を襲う。それが何故か? といえばそういう風な習性を持っているからとしか魔王様も説明ができない。されぞ魔物達の王である自分にはそんな習性はない。

 

「もし、魔物が人間を襲わぬというのであれば、争いは無くなると思うか?」

「どうだろう。そんな簡単な話じゃないかもしれないけど、争いは減ると思うよ」

 

 結局、橋が完成するまで魔物は一切現れず。エレナは得したと魔王様に笑ってギルドで報奨金を貰う。魔王様は一晩考えた事をエレナに伝えた。

 

「エレナよ。今より、この国の王と会談をしようと思う」

「えっ? 何言ってるのアズリエル君?」

「クハハハハハ! 余は、魔王アズリエルである」

 

 自ら正体を表し、驚くエレナを置いて国王のいる王宮に向かった魔王様、もちろん魔王が国に乗り込んできたとあらば王国の兵達は集まってきて魔王様を討伐せんが為に武器を向ける。

 

「そのような物では余の命には届かぬ、無駄なことはやめよ」

 

 と言っても兵達は引けない。魔王様に向けて剣や槍を向ける。魔法が使える者は魔法を魔王様に放つがそれらは紙屑のように砕け、魔王様に致命の一撃を与えるには至らなかった。

 

「余はこの国の王と語らいたい。余は貴様らに危害を加えるつもりはなし」

 

 魔王様は懸命にそう語るが、誰も聞く耳は持たない。国王も怯え王宮から出てくる事もなく、これ以上の騒乱は魔王様としても願った状況ではないと、仕方がなく退くこととした。最後にエレナに別れを告げようとエレナを探し、見つけた。

 

「エレナよ」

「こ、来ないで! 貴方が……本当に魔王だったなんて……助けて、命だけは……」

 

 それは酷く冷たい瞳だった。自分に恐れを抱き、人間ではない者への畏怖、嫌悪。これ以上近づいても話しかけてもならないんだろうと魔王様は人間という存在についてさらに学んだ。

 

 

 だがそれより数百年の後、別の世界で……同じ人間でも自分が魔王と知っても普通に接してくれる人間もいる事を知った。

 

 ピピピピピ!

 

 目覚まし時計の音、そして……

 

「魔王様、おはよう! 朝だよ!」

「うむ! 飛鳥よ。おはよう。烏子よ! 今日の朝餉はいかに?」

「目玉焼きとシャウエッセンだよぉ!」

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