【幕間3】魔物の王を唸らすカレーライスという究極の食べ物
魔王様が初めて犬神家にやってきた時、まず驚いたのは二人が住んでいる建物の高さ。一番上ではないが、それでも十分な高さだった。
「おぉ、見晴らしの良いところに二人は住んでいるのであるな?」
高層マンションの12階、ビュンと強い風が吹いている。部屋は真ん中にリビングダイニングキッチン、その周囲に部屋が三つ。先にはバルコニーがあり、今現在魔王様はそこで風に当たっている。
「両親の残した物ですねぇ、防犯もしっかりしてるのでありがたいですけどねぇ」
二人の両親はすでにもう他界しているらしい、その理由を聞く必要もない為魔王様はしばらく風にあたる事を堪能すると、もう一人の姿が見えない事に気づいた。
「飛鳥のやつは何処におるのか?」
「小学校ですねぇ。勉強をするところです」
「ほぉ、賢いのであるな」
「ですねぇ、じゃあ飛鳥が帰ってまでに食事でも作りますかぁ。今日はカレーですよぉ」
この世界に来て魔王様の一番の楽しみは当然、食。今まで自分が食べてきた物のどれよりも上手く、凝っていて、美しい。食事という文化において魔王様が今まで食してきた物は人間の食事を含めてすべ劣っていると知ってしまった。
「カレーライスは余も大好物である。うむ! では余も手伝うとしよう」
「魔王様料理とかするんですかぁー?」
魔王様がエプロンをつけてキッチンに立つ姿を想像すると、それだけでお金を取れる仕事ができそうだなと烏子は少しだけおかしくなって笑った。とりあえず今日はカレーライスを作るので魔王様には野菜でも切ってもらおうかと準備する。
「かつて、人間のふりをしてギルドの酒場というところで食事をしてな? そこで仲良くなった冒険者達と盗賊討伐の仕事の際に野営でスープを作った事があるぞ! 全員クソまずいと不評であった! くーはっはっはー!」
やっぱりなー! と烏子は容易に想像できるそのシーンに笑った。犬神家のカレーライスはちょっとだけ凝っている。
・辛口のジャワカレー、中辛のゴールデンカレーを半分ずつ使う。
・ステーキ用の肉400g
・人参二個
・玉ねぎ二個
・ジャガイモ二個
・ニンニクひとかけ
・トマトジュース 700ml
・赤ワイン 700ml
以下の材料を持って作る。ニンニクひとかけ、人参、玉ねぎ、ジャガイモ各一個をジューサーですり潰す。残りの人参、玉ねぎジャガイモは一口大に切る。それらを鍋の中でオリーブオイルで炒める。その後に先ほどジューサーですり潰した物とトマトジュースとワインを全て入れる。そう、水は一切使わない。隣でクッキング用のナイロンに包んだ牛肉を低温で湯煎する。
「魔王様、火を止めた鍋にカレー粉を包丁で刻んで入れていきますよー」
「ほぉ、これまた手の込んだ料理であるな」
「私の家は子供の頃からこの作り方ですねぇ。水を使わないだけでお店のカレーの味に早変わりですよぉ、魔王様残ったワインちょっと飲みますかぁ?」
「いただこう」
グラスに入ったワインをカチンと合わせて二人でテイスティング。お酒を飲みながら烏子はお米の準備に入る。お米を研いでサフランを入れてしばらく浸透を待って塩とバターを入れて炊飯開始。
「この肉は鍋に入れぬのか?」
「このお肉はですねぇ、フライパンで焼き色をつけて後のせしまぁーすぅ」
「カレーライスも余を隔離していた屋敷で何度か食べたが、脅威の料理であったな! くーはっはっはー! きっと余が手伝ったカレーライスは飛鳥は大変喜ぶであろうな!」
腰に手を当ててボクサーチャンピョンのような王者のポーズで魔王様は高笑い。この感じだけは烏子が思い描く魔王様だなぁと思っていると、その飛鳥が学校から帰ってきた。
「お姉ちゃん、魔王様ただいまー!」
「あー、おかえりー」
「クハハハハ! 勉学ご苦労である! おっと」
飛鳥は魔王様を見るとギュッと抱きついたので魔王様はそのまま飛鳥を抱き抱える。
「飛鳥ぁ、手洗ってうがいしてきなぁ」
「はーい」
「手洗いうがいは風邪の予防であるな!」
魔王様も家から帰ってきたらミューズで手を洗い、イソジンでうがいをするという事を教わって感嘆した。病予防がこんな事でできるとは思いもしなかったのだ。人間も魔物も天敵である病。一体どこからやってきて何故なるのかわからなかったそれを説明されて初めて正体を知った魔王様。そもそも魔王様は病気にならないので考えもしなかった事である。
「この匂い、今日カレー?」
「そうだよぉ、お姉ちゃんも仕事早く帰ってこれたしぃ」
「余がジャガイモとカレー粉を切ったである!」
「えー! 凄い! 早く食べたい!」
「夕食には早すぎるけどなぁ、まぁいいか! 食べようかぁ?」
グラスに冷えたミネラルウォーターを注ぐと、犬神家のカレーライス、簡単なサラダを用意して焼き色を入れた牛肉をカレーに後入れする。
三人がテーブルの席に着くと飛鳥が言った。
「手を合わせてください!」
烏子と魔王様は手を合わせる。それを見て嬉しそうに飛鳥は言った。
「いただきます!」
「いただきますであるぞ! クハハハハ!」
「いただきまぁーすぅ!」
第一声は、いずれも美味しい。美味しいは楽しい、食事とは楽しい物。魔王様は笑顔の飛鳥と表情は読めないが飛鳥を第一に想っている様子にこれが自分が望んだ世界、理想の世界。
“ティル・ナ・ノーグ“
かもしれないなとカレーを一口食べてニッコリと笑った。
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