【幕間1】かくして魔王様が地球の日本へやってきた話

 長い、長い年月。


 闇魔界の御方おんかたと謳われた全ての魔物達の王。人間のような姿をしている魔王・アズリエル。彼は待ち望んでいた。


 愛に、勇気に、正義に……光溢るる勇者という存在。

 それが男なのか女なのかは分からない。

 が、人間であると! その人間は魔王を屠る為にいつの日か必ずやってくると。

 

「ま、魔王様ぁ! とてつもない力をもった……」

 

 魔王・アズリエルの両目の瞳孔が開く。


 悲願、来たか!と歓喜した。

 

「クーハッハッハ! ついに来たか、勇者のやつ! 千年も前から準備をしていた宴の準備を! 余に足りうる人間など存在するのかと疑問に思っていたが、待っていて良かったな! ご馳走にダンスパーティーに余の至高の魔王城を堪能させた後、余と戦ってもらうとするか!」

 

 魔王様はめちゃくちゃ勇者がくるのを楽しみにしていた。勇者はどんな食べ物が好きだろう? 自分のプロデュースした宴を喜んでくれるだろうか? そんな風にのほほんとしていたら、家来の特級魔族ディザスター・デーモンが何者かに焼き尽くされる。


「ぬ?」

 

「……御、御方。お逃げください……超魔導士、ドロテアが攻めてきました」

 

 超魔導士ドロテア。


 その名前は魔王様も聞いた事があった。しかし神話での事だ。魔法という物を生み出した人間。神々を滅ぼし、最強の生物であるドラゴン種を蹂躙し、好き放題暴れ回った全ての魔法の母。


 別名を特異点。


「そんなバカな? という顔をしているな? 貴様が魔王か?」

 

 魔王様は玉座から立ち上がると、その者を見た。身体に似合わない大きな魔導士の帽子、着せられているかのように大きなローブ。青い惑星を樹木の杖に魔法石の代わりに乗せた宝具に近いそれ。その全ての装備が、魔王様をして理解できない程規格外の物。

 

「ふむ、貴様が全ての魔法を生み出したという超魔導士ドロテアであるか?」

「いかにも。妾が、貴様ら矮小なる者共が言う超魔導士ドロテア・ネバーエンドじゃ」

「余の城に何用か? 勇者の歓迎パーティーの準備で忙しい」

「勇者ぁ? あぁ、は妾が殺した。お前の所にはなぁ? この城を工房クラフトに、お前達魔物玩具を素材として、貰い受けにきた。大人しく実験に使われると良い」

「絶対破壊魔法・ゲヘナ!」

 

 その瞬間、魔王様はドロテアに向けて魔法を放った。対・勇者用に構築に構築を重ねた魔法。それをドロテアはノーガードで受け切った。


 魔王様の至高の魔法が通じない。


 疑う余地もなく、この突然魔王城を襲撃した人間は超魔導士ドロテアなのだろう。とはいえ、魔王様ははいそうですかと承諾できるわけがない。

 

「無礼者め、余が直々に誅を与えてやろう」

「……貴様がぁ? 出来損ない共の王如きがぁ? 妾にぃ? 愚かなぁ!」

 

 魔王様は力を解放をした。勇者と戦い、自分の限界を知る事ができるかもしれないとそう期待していた。が、それは全くもって予想外の今、知る事になる。

 無敵、無双、最強の自分の力は全ての魔法の母、超魔導士ドロテアに確かに届いた。

 

 だが……

 

「凄いのぉ。褒めて遣わす。妾にここまで食い下がった者は神々、翼種ドラゴン共でもいなかった。どうじゃ? 貴様の力は妾に届く、が確実に身体に響いておるのはどっちかのぉ? 魔王、貴様がこの世界の最強程度であればもうこの世界に用はない。この破滅の超魔導士が滅ぼしてくれよう!」

 

 魔王様が押されているその姿を見て、魔王城の魔物達は口々に「魔王様、万歳!」「魔王様ぁ! 負けないで!」と声の限り叫んだ。それに魔王様はニッコリと笑う。

 

「クハハハハハ! 貴様らの余を呼ぶ声が、余にの力を与えよう。超魔導士ドロテアよ。貴様には余の魔法がてんで通じぬ。さすがは全ての魔法の母である。だが、魔法でなければどうだ?」

「なんじゃと?」

 

 魔王様の魔力が全て失われた事に超魔導士ドロテアはいち早く気づいた。魔王様の格好がベストタイプのスーツ姿から燕尾服に変わる。そしてネクタイを魔王様は外し、左耳のピアスも外した。

 

「まさか、この力を……世界を救う事に使わんとは思わなんだ。余の暗黒魔法。それは超魔導士ドロテアよ。恐らく貴様の魔法の系譜であろう?」

「今更気づいたかぁ? そうよ。妾の魔法の根源、究極の崩壊魔法じゃ。魔王。お前の使う魔法は妾の崩壊魔法のはしりでしかない。子は親には勝てぬ」

「であれば、余は暗黒のその先、余の秘技中の秘技、大殺界の力にて貴様を葬る。人間でありながら、何故破滅を望む? 余の大殺界による厄災の破壊力であれば貴様と互角であろう?」

 

 魔法ではない別種の力、魔王様がなんらかの異質と戦う為に用意していた切り札。長い年月をかけて溜め込んだ魔王様のユニーク能力・絶対破壊の力・それを今解放した。

 魔王様が力を高め超魔導士ドロテアを見つめていると、超魔導士ドロテアは嗤った。

 

「厄災程度の破壊力が崩壊の破滅と互角ぅ? 笑わせる。ならば止めてみるがいい。妾の究極崩壊魔法……魔法力充填開始」

 

 超魔導士ドロテアは笑い、そして自分が舐められた事への少しばかりの怒りを持って上空に浮かび上がると頭上に小さな竜巻のようなものを生み出した。それは、どんどん大きくなる。空を覆う程のそれを超魔導士ドロテアは上空より地面に叩きつけるつもり。それが落とされれば魔王城諸共魔物達は皆死に絶え、そして恐らく世界そのものも終わりを告げるだろう。

 

「……確かに余の厄災の力よりも僅かに上のようであるな。クハハハハ!」


 魔王様が自分の力が足りない事を認めると超魔導士ドロテアは満足したように魔王様に向かってこう吐き捨てた。

 

「身の程を知ったかぁ? 魔王、妾が何故世界を滅ぼすかぁ? 貴様には知りえぬ事よ。三千世界滅ぼしても滅ぼしても何度でも蛆虫のようにわく生命の根源を破滅させる為よ。神々も翼種共ドラゴンも、魔物も人間にも命は過ぎたものと知れぇ! 命は妾にのみ一つあればいい。話は終わりじゃ! 究極崩壊魔法・終焉の日ジュデッカ!」

 

 落ちてくる崩壊に対して魔王様もまた浮かび上がり超魔導士ドロテアの首を掴んだ。

 

「何をする? 妾を殺しても究極崩壊魔法は止まらぬ。そして妾は死んでもすぐに次の世界にて復活を遂げる」

「成る程、神話より語り継がれし全ての魔法の母。どのような者か会ってみたいと思っていたが、クハハハハ! 実につまらぬ奴であったな。魔物共よ! 余は先に逝く、いずれか余の後継が生まれし時の為に魔王城の留守を頼んだぞ? 超魔導士ドロテアよ。余にスペルを唱えさせた事、見事である! 貴様は確かに強い。最強であろう」

「一世界の、一のくだらぬ命風情がぁ……魔王ぉ……」

「大殺界、形を持った絶望、そして業のマナ……」


 “鳴り交わす暗黒の帳に灼熱なり冷獄なり、全ての命喰らう者、光を駆逐せんが為、舞い降りよ。暗澹より絶叫なる讃え、全ての厄災を受けし者、全ての宵闇の化身とされし者。その名を呼べ! 余、魔王なり!“

 

 魔物達は自らの王がこれより死に向かう事に涙した。そして一番驚いたのは超魔導士ドロテアその人だった。魔王様は超魔導士ドロテアの究極崩壊魔法ごと、自分と超魔導士ドロテアをその場より消し去った。

 

「余の可愛い家来達を貴様なんぞに滅ぼさせはせぬ! 命など生まれぬ場所、大殺界にて貴様も余も消えるのだ。シン・トゥルーエンド・デス!」

「数万の世界を滅ぼした果て、ようやく妾を一度消す生命が生まれたか……貴様の世界は次に妾が転生した時、必ず滅ぼしてくれよう……妾は不滅、妾は破滅……ははははは、無駄死にで……あったなぁ? 魔王ぉ?」

 

 (これでもこの全ての魔法の母を消せぬか……)


 だがしかし、魔王様は消えゆく意識の中で少しばかり先の未来を見た。そこには自分にそっくりな幼い少女、左右の目の色が違う。自分と同じギザギザした歯、そして王者のポーズで立ち笑う者。そしてもう一人……自分が戦う事叶わなかった勇者。その二人が、超魔導士ドロテアと対峙している姿。

 

「クハハハハハ! 余は見たぞ! 破滅の超魔導士ドロテアよ。貴様は……いつの日か滅ぶ……第二第三の魔王。余の子と、余が恋焦がれた……勇者によってな!」

「何を世迷いごとを笑わせる」

 

 魔王様と超魔導士ドロテアは共に世界の果てで消滅した。

 

 かに思えた。

 

 魔王様はゆっくりと目を開ける。嗅いだ事のない風の匂い、そしてやけに騒がしい音、人間の気配。

 

「お姉ちゃん、この人起きたよ!」

「救急車呼びましょうかぁ? 私たちの目の前で空から降ってきて、倒れてたみたいですけどぉ? 頭から落ちたから即死かと思ったんですけどぉ、貴方頑丈すぎやぁしませんかねぇ?」

 

 酒の匂い、そこには姉妹だろうか? 人間の娘が自分の事を心配そうに見ている。

 そして瞬時に覚醒。

 

「ここはどこで貴様らは何者か? 余の御前、答える事を許す」

「うわっ! すっげー美形! そしてスッゲー偉そう! ここは日本。ウチは犬神烏子、大学で研究員やってんよぉ。でこっちが妹の飛鳥ぁ。小学生。で、貴方は? アイドルかなんかぁ? 撮影中?」

 

 魔王様は名前を聞かれたので。立ち上がるとスーツをふわりを翻し、腰に腕を当てて王者のポーズ。

 

「クーハッハッハ! 余は南の暗国、ザナルガランの魔王アズリエルである! 余の事は魔王様か闇魔界の御方おんかたと呼ぶ事を許す! 人間の娘達よ!」

「あぁ、異世界の住人かぁ! 初めて見たよぉ。ラノベかゲームだけの存在だと思ってたわ。実在したんだぁー逆転生ってやつですかぁ? 魔王様鬼殺し飲みますぅ?」

「魔王様、ハリボー食べる?」

 

 烏子からはパックの日本酒。幼い少女、飛鳥からはハリボーなるクマの形をしたグミをもらいパクりと食べる。

 

「うまい! クハハハハハ! 気に入ったぞ烏子に飛鳥よ! 何か礼を貴様らにしよう! 申してみよ!」

 

 それが、犬神姉妹と魔王様の出会いだった。

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