第26話:未来へ向かって

 

 こんにちは、アナベルです。


『エクレア同盟』が結成されてから2年が経ちました。

 同盟の目的である『オジさまとエレオノーラ様をくっつけよう作戦』も無事に達成しました。


 今日は、卒業式です。


 まだ冷たさが残る風に吹かれながら、10年ほど通った校舎を眺めます。いろいろな思い出がありましたが、やっぱり一番記憶に残っているのは──



「バラ園に行こうか」



 わたしの気持ちを見透かしたように、サリオンは提案しました。

 この2年で彼はだいぶ背が高くなりました。出会ったときは同じくらいだったのに、今は見上げるほどになっています。置いていかれたみたいで悔しい、と言えば、アナベルのことを置いていくわけないよと返されました。その余裕ある発言でさえも、少し悔しいです。


 式が終わり、みな泣いたり笑ったりしています。思い出を語っています。

 ざわめきを横目に見ながら歩いて行き、バラ園へとたどり着きました。思い出がたくさん詰まったその場所をわたしは見渡します。

 太陽の光に包まれた庭園には、色とりどりのバラの花々が咲いていました。深紅、淡いピンク、純白、黄金色と、様々な色彩が織りなす光景は圧巻です。優雅に咲き誇るバラの花びらは、朝露に濡れて宝石のように輝いています。そよ風が吹くたびに、花々が軽やかに揺れ、甘美な香りが漂っていました。


(もうここには来れないのかしら)


 鼻の奥が思わずツンとしてしまいます。人はまばらで、いつもわたしたちが座っていた席は空席でした。サリオンは白いテーブルを撫でながら言います。



「ここで何度も作戦会議したね」

「そうね」

「楽しかったなぁ」



 そう呟く口調にさびしさがにじんでいます。わたしは思わず頷きました。


 ターンカール領主になった彼は、学園在籍期間中も、エレオノーラ様のサポートが主だったそうですが、領主として仕事をこなしていました。

 卒業したらもう学生ではありません。領主の肩書きだけを背負っていくので、責任も増えるでしょう。

 きっと不安もあったと思いますが、彼はいつも前向きに、一生懸命がんばっていました。


 一方でわたしは──


 エレオノーラ様やオジさまのように、国のために働きたいと言えば家族から大反対を受けました。「アナベルちゃんはかわいいんだから」「にこにこしているだけでも国のためになる」と親バカ連発の発言を何度もされました。家を継いだ兄も同じように頷いています。


 この国の貴族の女性は、誰か別の貴族に嫁ぎ、社交界に参加したり、刺繍やお茶会を嗜むのが一般的です。だけどわたしは──

 生まれてはじめて両親と大げんかしました。けんかと言っても、反論したわたしに驚いて、両親がさめざめと泣いただけでしたが。


 彼は将来をしっかりと決めているにもかかわらず、わたしはまだ定まっていません。その事実がひどくわたしを焦らせます。



「あのさ、」

「ん?」

「僕、立派な領主になるよ」



 急な宣言に驚きます。先ほどまで考えていた将来への不安が浮かんで、わたしの胸はずきりと痛みました。応援したいのに、素直にできない自分が嫌です。けれど必死に隠して、笑顔で頷きます。

 するとサリオンは、わたしの方を見て真剣な顔をしました。



「アナベル、ターンカール領へ一緒に来てほしいんだ」

「……そ、れって」



 口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返すことしかできません。

 一年前、『星降りの祭り』へ彼と行ったあと、お付き合いすることになりました。その関係は今でも続いています。しかし彼は領主。片や、わたしは将来について何も決まっていない令嬢。きっと卒業を機に、この関係は消え去ってしまうのだろうと、ネガティブな想像をずっとしていたのです。



「ターンカール領はまだまだ課題も多いから。アナベルの力を借りたいんだ」

「わ、わたしじゃ経験不足で、きっとサリオンに……」



「迷惑かけちゃうわ」と語尾が思わず小さくなってしまいます。彼にプロポーズされたことがすごく嬉しいのに、萎縮してしまう自分が嫌になります。



「大丈夫だよ」



 穏やかな声に顔をあげます。金色の瞳がきらきらと輝いています。



「だって僕らには、心強い味方が2人もいるじゃないか」



 そしてバラ園の向こう側に目を向けました。

 抜けるような青空の下には、大好きなオジさまと、白い日傘を差したエレオノーラ様がいました。

 ひらひらと笑顔でわたしたちに手を振っています。その振り方がまるでそっくりで、思わず笑みがこぼれました。


 先ほどまで抱えていた暗い感情が消えていきます。まるで曇天の空から、抜けるような青空に変わるように。前にもこんなことがあったと記憶を探って、彼に『星降りの祭り』へ行こうと誘ってもらった日を思い出します。


 ──あなたの言葉はいつだって、わたしの心に光を差してくれる。



「えぇ、そうね」



 わたしの言葉に、サリオンは「行こう」と手を差し伸べます。

 あの2人に見られるのはちょっと恥ずかしかったけど、頷いて手を重ねます。


 見渡せば、満開のバラは咲き誇っていました。まるで輝かしい未来を祝福しているようです。


 わたしたちは幸せそうに手を振る2人のもとへ、駆けだしました。


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